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甘利明 代議士との対談

甘利明 衆議院議員は長年、政府・与党の中心で経済政策やイノベーション創出に向けた旗振り役を担ってきました。一方、外交官の家庭に育ち、幼い頃から国際感覚を養ってきた浅尾慶一郎自民党神奈川県参議院選挙区第五支部長は、行政改革などで結果を残してきました。すべては、日本を再び世界をリードする国とするために。異なる経歴を持つ「甘利×浅尾」がタッグを組み、政策を実現するためのチャレンジを再び始めます。

日本と世界を俯瞰できる稀有な政治家
甘利浅尾慶一郎という政治家を見て、絶対にほかの政治家が真似できないと思う点があります。外交官の家庭に育って幼い頃から世界中を回り、日本から世界を見る視点と世界から日本を見る視点を併せ持っていて、常に全体を俯瞰して見ることができる点ですね。どんな少年時代を過ごしたのですか。

浅尾父親が外交官でしたので、3歳から7歳までアメリカのボストンとワシントンで過ごしました。帰国を挟んで中学2年生の夏から1年半、カナダのバンクーバーで学び、高校1年になる時に帰国して、中高一貫の栄光学園高校に戻りました。帰国して最初に感じたのは、規律が非常に厳しくて、勉強も試験に受かることが目的になっている点でした。一方、カナダの学校では、例えば世界史の授業で4つのテーマしか学びませんでした。産業革命とフランス革命、第一次、第二次世界大戦です。第一次大戦の授業では、クラスを10カ国くらいに分けて、大統領、外務大臣、国防大臣などに役割分担し、それぞれの国益をどう守るかというロールプレイゲームをやるわけです。一つの事象を深く掘り下げて考えさせる授業で、歴史を客観的に見る訓練ができました。大学卒業後、かつての日本興業銀行に就職した頃は、日本がジャパン・アズ・ナンバーワンと言われていた時代で景気も良かったので、スタンフォード大学に2年間留学させていただき、世界中から集まった優秀な若者たちと多様な価値観に触れ合う貴重な経験を積むことができました。

何度でもチャレンジできる社会創出へ
甘利
私は日本と欧米との比較で、強烈に違いを感じてきたことが2点あります。一つは学校教育で、日本の生徒は「まだ教わっていません」という独特の答え方をしますが、欧米では教わったことをコピーする記憶教育ではなくて、未知の問題に対して、自分だったらどう思うか、深掘りして考えさせる創造教育なのですね。その点が、日本の教育で決定的に欠けていると思います。もう一つは「ダメだったらその経験を生かしてやればいい」という失敗を評価する文化ですね。日本では失敗が評価されない。印象に残っている話がありまして、グーグルの本社に、社員だけが入れるスペースがあって、さまざまなパネルが飾ってあります。グーグルの役員が「これらはわが社が取り組んで失敗した事例です」と紹介しました。日本的な感覚で考えると「ああ、見せしめのためかな」と思いますよね。ところが「とんでもない。これらの失敗があるからわが社の今日がある。グーグルの財産です」と説明されて衝撃を受けたのです。「誰でも何度でもチャレンジできる社会を作りたい」との浅尾さんの志は重要です。「失敗は財産」という文化を日本で定着させないと、イノベーションを生み出すアニマルスピリッツは育ちません。浅尾さんが政治を志すきっかけは、外国での経験にあったのですか。

浅尾そうですね。私がスタンフォード大学にいたころ、日本が経済的に成功していた一方、アメリカは凋落していると指摘されていましたが、生活の満足感などは、はるかにアメリカのほうが高いと感じました。やはり日本の制度のいろいろな面でのおかしいところがあるのが原因かなと思うに至ったのです。ある時、世界中から来た学生たちと将来、何するかという話で盛り上がりました。シリコンバレーの真ん中にあるスタンフォードでは、ベンチャー企業を立ち上げる人が非常に多いです。私は、政治家になってベンチャー企業と同じように、新しいことに着手し、日本の制度や仕組みを変えることができたら面白いだろうと話したのです。すると、カルフォルニアの学生たちは割と気楽に「やってみたらいいじゃないか」と言うんですよ。私が「そうは言っても日本で政治家になるのは大変なんだよ」と説明すると「1、2回やってダメだったら、また違うことをやればいいんじゃないか」と言われたのです。それで政党の候補者公募に応募してみたのです。公募試験には受かりましたが、本当に大丈夫かなとずいぶん悩みました。その時に思い出したのは「やってみてダメだったら別の仕事があるよ」というスタンフォードでの言葉でしたね。甘利先生は、どうして政治家を志されたのですか?

「チーム甘利」結成し数々の政策実現
甘利政治家だった親父は、県議会議員時代の選挙では無敵だったのですが、衆院選に挑戦したら負けてばっかりなんですよね。私が言うのも変ですけど、父親は「強きを挫き弱きを助ける」という典型的な政治家でした。それなのに官僚出身の政治家にコテンパンに負けてしまって。それで、私は「うちの親父がダメなんじゃなくて、世の中が悪いんじゃないか」って生意気にも思って「正義が勝つ世に!」という気持ちになったわけです。加えて、私は初当選時からずっと国富を生み出す通商産業政策をライフワークにしています。どんな政策にも必要な国家予算を稼ぐためには、やっぱり通商産業政策だと思ったのです。浅尾さんは、豊富な政治経歴をお持ちですが、これまでの取り組みをご紹介いただけますか。

浅尾当たり前と考えられている事柄に疑問を持って改革する点に力を入れてきました。例えば、私が実現した行政改革では、全国で1兆7000億円もの経費を削減できました。日本の産業別の人件費を俯瞰的に眺めると、公務員の平均値が突出して高くなっていて、公務員の勤務制度のおかしな点に気づいたのです。詳細は省きますが、当時、公務員には、「休憩時間」とは別に、勤務時間にカウントされる「休息時間」という制度があったのです。たった廃止することで巨額の経費を浮かすことが出来たのです。また外交安全保障の分野でも、北朝鮮への外貨送金を止める法改正を立案するなどの実績を重ねました。甘利先生はいかがですか?

甘利私は後輩の議員を集めて「チーム甘利」を作り、政策立案に力を入れてきました。初代チーム甘利は、岸田総理や茂木幹事長、それに林外務大臣や世耕参院幹事長などがメンバーで、彼らと一緒に「映画盗撮防止法」や「コンテンツ基本法」など、いくつも議員立法を立案して成果をあげました。そのメンバーが全員、第2次安倍内閣で入閣しましたので、私がTPP交渉を仕切った際は非常にやりやすかったですね。外務大臣も経産大臣も農水大臣もみんなチーム甘利のメンバーでしたから、すべて私が指揮を執ることができたのです。だからTPP交渉は成就したという側面もあります。そして、いま新たな若手のメンバーを集めて「第2チーム甘利」を作っています。山際大臣、小林大臣、牧島大臣、それに木原副長官などがメンバーで、「経済安全保障推進法案」や「大学改革」それに大学支援のための「兆円基金」などは、第2チーム甘利のメンバーで成果を挙げています。政策も立案し、時には楽しくカラオケなどで懇親もやりながら若手を育てることが、いまや長老議員になった私の役割だと思っています。浅尾さんは経験や実績を生かして、今後さらに挑戦したいテーマはありますか。

人工光合成技術で完全な循環型社会を
浅尾
「何度でもチャレンジできる社会を作りたい」ということですね。そして、誰もがそう思える環境を作るために、国が一丸となって取り組む国家目標を掲げて実現したいと思っています。ぜひやりたいのは温暖化対策です。日本のいくつかの企業や大学が、人工光合成の基礎的な技術を持っています。二酸化炭素を材料に太陽エネルギーを溜める、あるいは太陽エネルギーで水を電気分解して水素を作るという技術です。アメリカのアポロ計画並みの投資をすれば、同じように実現できると思います。アポロ計画では、年で人を月に送ることを目指して、年間1兆円を投資し、実際に年以内に実現しました。人工光合成への投資も同程度まで増やせば、年以内に太陽エネルギーだけで二酸化炭素を材料にエタノールを作れるようになり、完全な循環型社会を作れる。これをライフワークとして実現することで、みんなが将来に夢や希望を持てるようにしたいと思います。甘利先生の目標も聞かせていただけますか。

イノベーションが湧き出ずる国へ
甘利どうしても実現したいのは、世界を変えるようなイノベーションがいつも日本から自動的に湧き上がってくるような生態系を作り上げることです。世界の大学は知識産業体なので、日本の大学も「ビジネスに近づくと研究が汚れる」みたいな発想は止めてほしいです。イノベーションを担う人材を大学からどんどん輩出し、基礎研究を深堀りしてもらおうと、兆円の大学基金を用意しました。また産業界と学術界が一緒に協議するPEAKSという協議体も作りました。基礎研究から実用化、社会実装に、つまりイノベーションが社会に組み込まれていくまでの仕組みは作ったので、仕組みがしっかり機能するよう、最後のチューニングをしていきたいです。それと、いまの日本社会がすさんでいるのは「あしたはきょうよりきっといい」という思いをみんなが共有できていないためだと思いますね。高度成長期の日本は、いろいろ問題はありましたし生活の質も今よりずっと低かったけれど、やっぱり夢をみんなが共有できたから国の結束力につながったのだと思います。「明日は今日よりきっといい」という日本を取り戻すために、世界を良くするイノベーションはいつも日本発だという状況を作りたいのです。イノベーション企業がスタートアップしていく最新の拠点を日本に作りたいと強く思っています。

浅尾失敗を糧にしない日本社会を変えていくことができれば「明日は今日よりきっといい」という社会にもつながると思います。例えばアメリカの大学では、海外から多くの人が集まり、その二世が作ったグーグルが世界で一番大きな会社の一つになっています。アップルも、創業者の父親は中東の人です。海外から来た人たちが失敗を恐れずチャレンジできる環境があります。日本でも、そういうチャンスがある環境を作っていきたいですね。

経済安保政策は「鎖国」にあらず
甘利そうですね。私が取り組んでいる経済安全保障は決して「鎖国政策」ではなくて、価値観を共有する人たちが安心して集って力を発揮できる場を作るという政策です。つまり、自由と民主主義、人権、法の支配という共通の価値観を持つ人が集って、安心して力を出し合えるようにするためなのです。日本は国際的な人材が集える環境整備が、まだ弱いですね。そして基礎研究に必要な資金が安定的に大学に提供されるようにしなければいけません。いま国立大学の安定的な資金は全体で1兆円ほどしかない。一方、アメリカの個々の大学では、エンダウメントと呼ばれる自身の数兆円の基金の運用益で安定的にお金が入ってきます。だから日本でも、官製の基金を作って、安定的に3000億円くらいの運用益を出して、国の補助金に上乗せできるような仕組みを作ったわけです。

甘利 ×浅尾のコラボでアップデートを
浅尾「明日は今日よりきっといい」と思える社会をもう一度、日本で実現していくには、日本の潜在的な成長力を高めていかなければいけないですね。神奈川県は東京と程よい距離にあって、地理的な優位性があると思います。新たな学術研究の拠点や大学の分校などを誘致して、研究基盤を整備していけば、神奈川が持つ可能性を引き出すことができ、日本全体の成長にもつながると思います。「ALWAYS三丁目の夕日」という高度成長期を象徴する映画がありましたが、二十一世紀版の「ALWAYS三丁目の夕日」を神奈川から作っていきたいと思います。

甘利浅尾さんは、世界全体から日本を客観的に見られる極めて貴重な存在です。浅尾さんのDNAを日本の政治に持ち込んで、自民党の政治に幅と深みを持たせてもらいたいですね。そしてチーム浅尾を結成して、同世代や若手政治家をまとめて、日本のドメステッィクな政治に欠けている部分を活性化していただきたい。私も残りの政治家人生で一緒にコラボしていきたいと思います。