あさお慶一郎(前衆議院議員 神奈川4区)

2011年07月30日 (土)

学生勉強会

 八月八日葉山にて学生の研修会を予定している。当日は浅尾政調会長を始め中西参議院議員(元JPモルガン副社長)と松田公太参議院議員(タリーズコーヒー創業者)のシンポジウムも予定されている。U秘書の努力もあって参加人数の確保が出来たようだが、まだまだ参加人数枠まで余裕があるようだ。学生を中心に25歳位までの社会人を対象に募集していて、夜の懇親会には某有名な会社の窓口担当の方とか有名会社の中堅社員の方そして今各地にて活躍している地方議員の方たちも参加する。昼は政治とは何ぞやを学び、夜は就職情報を含め社会人とは?などが学べる。一日で二度学べるいい機会だ。貴方の参加をお待ちしています。ご希望の方は0467-47-5682浅尾事務所までご連絡下さい。

2011年07月29日 (金)

七里ガ浜駅頭

 今朝は江ノ電七里ガ浜駅で駅頭をしました。昔はこの駅近くの海でよく波乗りをしましたが、まさか大人になってからこの駅で政治活動ビラを配るとは夢にも思っていませんでした。この駅の周辺は当時と余り変わらず昔のままです。そして駅側を通っている道路を見るとサーフボードを抱えた人達が海に向かって歩いています。この光景も昔のままです。話は戻り、駅での活動をしていると喫煙条例の関係でタバコを吸う場所が限られ私のビラを配っている前が喫煙所になります。そして驚くことにここで喫煙される人は若い女性が圧倒的に多いということです。前に入院していた時に同じ部屋の方が肺がんだったので理由を聞くと喫煙の答えが多かったことを覚えています。ストレスの多い現代社会であるのですぐ止めなさいとは言えないが、将来あるお嬢さん達が後で後悔しないように禁煙にチャレンジしてほしいと思っている。

2011年07月28日 (木)

夏の思い出

  子供が小さい時の夏休みは毎年同じパターンで遊んでいたことを思い出します。前半には私の実家の三浦で朝から晩まで海で遊び、後半には清里や軽井沢での高原に出かけ夜空を見上げていた事をこの時期になると思い出します。また、子供達が大きくなって来てこれが最後の夏休みの家族旅行と感じた時に伊勢志摩に行って伊勢神宮を見学しおかげ横丁の赤福の店で赤福の乗った抹茶カキ氷を食べたことも記憶に残っています。あれから十数年が経って家族旅行などすることもなくなり、それぞれが独自の行動をするようになりましたが、また何時の日か皆で一緒に行ければなんて考える今日この頃です。

2011年07月28日 (木)

「夢のある国家目標の提示が総理の責務」 活動レポート8月号

 


平成に入ってから、総理大臣は、竹下、宇野、海部、宮沢、細川、羽田、村山、橋本、小渕、森、小泉、安倍、福田、麻生、鳩山、菅(敬称略)と続いて参りましたが、菅総理が今年中に辞任されますと、平成に入って二十三年で十七人目の総理が誕生することになります。

歴史的には我が国で短命政権が続いた時代は他にもありました。関東大震災が発生した一九二三年から一九四五年の終戦までの同じ二十三年間では、加藤友三郎、山本権兵衛、清浦奎吾、加藤高明、若槻礼次郎、田中義一、浜口雄幸、(若槻礼次郎)、犬養毅、斉藤実、岡田啓介、広田弘毅、林銑十郎、近衛文麿、平沼騏一郎、阿倍信行、米内光政、(近衛文麿)、東条英機、小磯・米内、鈴木貫太郎、東久爾宮、幣原喜重郎(敬称略)と二十三内閣で二十一人の総理大臣が誕生しております。(若槻と近衛が間をおいて二度組閣)

震災から終戦までの間と平成の二十三年では時代背景も大きく異なりますが、見方によっては共通項もあります。

関東大震災は、第一次世界大 戦で日本が勝利し、国際連盟でアジア唯一の 常任理事国なった後に起きました。幕末・明治維新以降の不平等条約をすべて跳ね返し、世界の一等国になったという意識を国民が持った頃ではなかったでしょうか。
平成元年は、追いつけ追い越せの集大成と「夢のある国家目標の提示が総理の責務」 追いつけ追い越せの集大成として日経平均が過去最高値をつけた年であり、ジャパンアズナンバーワンと日本がもてはやされた頃です。

つまり、大震災の頃も平成初頭も、共に、長年の国家としての暗黙の目標を達成した時期に当たるのではないでしょうか?そして、少なくとも現代は、国家として国民が共有出来る目標を失って政治が漂流している時代だと思います。だからこそ、重要なのは、リーダーが夢のある国家ヴィジョンをしっかりと語り、国家の目指す方向性を国民にしっかりと語りかけることです。

東日本大震災の死者・行方不明者は2万人を超えます。お亡くなりになられた方には心からお悔やみを申し上げます。また、被災地で復興に向けて頑張っていられる方を心から応援します。同時に、我々は過去十年以上に渡って自殺される方が年間三万人を超えているという事実を忘れてはなりません。

必要なことは、どんな状況にあっても夢や希望が持て明日の為に頑張れる国に日本をしていくことです。誰にも何度でもチャンスのある社会に日本を転換し、一人ひとりがいくつになっても夢や希望を持てる国に日本を変えることです。

日本を世界の中で最も「自己実現が出来る国民の多い国」にするというような目標・ヴィジョンを総理は語り、その実現の為の方策を示すべきです。同時に、目に見える夢のある国家プロジェクトを掲げるべきです。私なら、「十年以内に光合成を人工的に実現する」ことを日本の国家プロジェクトとして提唱します。

衆議院議員 浅尾慶一郎

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2011年07月28日 (木)

テレビ出演(放映は終了しました)

 7月31日(日)午前9時から午前10時までNHK1チャンネル「日曜討論」に出演致します。主な内容・復興基本方針と財源について ・赤字国債発行法案について ・エネルギー政策と経済への影響について です。ご視聴をお願い致します。

2011年07月27日 (水)

秋は近いぞ

 暑い日が続いているのに秋が近いって?と驚かれるかも知れませんが刻々と季節は変化しています。つい先日まで夜明けは4時でしたが、今は4時半位に明るくなって来ます。また、自宅で孵化したすずむしはつい先日まで蟻の大きさ位でしたが今は5cm位まで育っています。そして来週はもう8月、お盆時期になると海にクラゲが出てきます。一方で台風の上陸も増えてきます。台風が上陸する毎に気温が下がり秋の気配が感じられるようになってきます。暦の上では8月8日が立秋。東北大震災の被災地は秋の訪れが早く短いものです。復旧・復興作業に待ったはありません。早いスピードでの支援が大事です。

2011年07月26日 (火)

 痩せないよー

 朝のウォーキングを結構真面目に取り組んでいるが痩せない。これは前にも言ったように摂取する量より放出するエネルギーが少ないから痩せないのである。前回節酒を心掛けていることを言ったが回数も減らなければ飲む量も減らないでいる。かといって自分から誘って飲んでいる訳ではない。とはいえめったに会わない同級生や前職の友人などから誘われると嬉しいものだ。近況はどうとか、仕事内容はどんな事をするのとか特殊の仕事だけに矢継ぎ早に聞いてくる。そんな話に熱中している時でも明日の朝は4時起きだから早く帰ろうと決意するが、手はグラスに伸びて行く矛盾がある。こうなったら無理やりエネルギーの放出量を増やすしかないと今日からランニングに変えてみた。うーんお腹が空く、何か食べようかな。またまた摂取じゃ太るだけだ。我慢我慢。

2011年07月25日 (月)

インターン

 春休みや夏休みを利用して学生インターンが事務所に来てくれます。少し前までは政治家の事務所は敷居が高かいと思われ敬遠されがちでしたが、今は積極的に研修に来てくれます。学校も神奈川県内に留まらず東京都内まで広い範囲です。本日も夏の研修に来てくれる学生さん達が事務所訪問をしてくれ、私から研修内容について説明をさせて頂きました。その時に感じたのが目の輝きです。よく今の若い人は○○だとか等、悪ぐちを言う人がいますがそれは間違いです。この未来ある人達のやる気や考え方の助言そして社会的に正しい行動に導くのは私達大人です。当事務所で研修を受けて良かったと言って貰える様に、細心の注意を払いながらも大胆に進めて参ります。

2011年07月24日 (日)

あれから1年

 昨日中西けんじ参議院議員の国政報告会が行われた。昨年7月11日の当選から1年が経過した。当選するまでの活動も熱心に手を抜かずにいたが、議員になってからも更に活動を強化しているのは驚きの一言だ。その甲斐もあって昨年の参議院選挙の時にはみんなの党として県議会議員3名しかいなかったが今年の4月の選挙で15名の当選とその後に無所属当選の方の合流により16名となった。横浜市議会では14名、川崎市議会では6名と県内では大きな組織になった。昨年の今頃には考えもつかなかった大躍進だ。これも中西議員の主戦法であった駅頭を各候補が取り入れた結果であると思っている。それにしても1年の経つのは早いものだ。私も来年の今頃に悔いが残らないように一日一日を大切に充実した仕事をやっていこう。

2011年07月23日 (土)

釜石

 岩手県釜石へボランティア作業のため19日のよる10時に出掛けた。予定では遅くとも朝の8時頃には着く予定だったが、台風の影響で栃木県佐野藤岡インターで降雨量のオーバーによる通行止めで2時間半の渋滞にはまり到着は9時半頃になってしまった。到着後、ボランティアセンターに立ち寄り各種手続きを済ませた後にすぐ現場に向かった。現場では先乗りの人達が既に作業を始めており我々もそこで合流後作業に入った。作業は多少雨が降っていたので津波で浸水した家屋の中で家具の片付けや泥の除去作業がメインとなった。2Fからの流しの撤去、ベットの撤去、家具の撤去に加え、4Fにあった仏壇の撤去作業などであった。それらを外に出した後、ダンプに手積みをしてガレキ捨て場まで運搬をすることになった。これには普段から街宣車は運転するもののまさかダンプまで運転するのかといささか驚きを感じた。体力面では作業を始めた時の雨とレインウエアに篭ってしまった熱気で体中が濡れてしまい、またこの時期としては珍しい午後からの低温で体中が冷たくなり初冬の様な体験をした。全体を通して感じたことはまだまだ片付けが出来ていない家のほうが圧倒的に多く、復旧・復興には時間が掛かる。東北の冬は早い。一刻も早くプロによる作業が必要である。今岩手で震度5強発生

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