あさお慶一郎(前衆議院議員 神奈川4区)

2003年01月19日 (日)

「北朝鮮兵器」日本企業リスト 平成11年 文藝春秋8月

「北朝鮮兵器」日本企業リスト 平成11年 文藝春秋8月

山本一太(自民党参議院議員)、浅尾慶一郎(衆議院議員)

日本本土を射程圏とする朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)の中距離ミサイル、テポドンが三陸沖数百キロの公海上に射ち込まれるというショッキングな事件から、間もなく1年が経とうとしています。

アメリカ国務省は、先ごろ北朝鮮が再びミサイルの発射実験を行う準備を始めたという驚くべき事実を発表し、周辺国に注意を促しました。改良を加えたテポドンII、そして、発射台の大型化でロサンゼルスにまで届くとされるテポドンIIIです。

昨年8月31日に何の事前通告もなく発射されたテポドンは、北朝鮮が日本領土を攻撃する能力を備えていることを国内外に知らしめました。日本人に現実的な恐怖を呼び覚まし、金正日政権に対する警戒心を高めました。

北朝鮮から、いつミサイルが飛んでくるかわからない。それも、弾頭に生物兵器や科学兵器、最悪のケースでは核さえ積まれかねないのです。

私たちの安全を脅かすテポドン。 しかし、もし、そのテポドンに日本の技術が使われていたとしたら、テポドン問題の本質は、根本から変わってしまうはずです。 自分たちの技術が使われたミサイルや兵器で、自分たちの安全が脅かされる。 こんな冗談のような事態が野放しになっている。これこそ、いまの日本が直面するまぎれもない‘現実’なのです。

いま、朝鮮半島をめぐる情勢は大きく流動しています。転機は、2つあります。

1つは、今年5月、アメリカのペリー前国防長官が来日し、北朝鮮の金永南最高人民会議常任委員長と会談したこと。この訪朝を境に、米韓間に横たわっていた緊張が緩み、関係改善の兆しが見え始めたと考えられるからです。

気の早い永田町ではこのムードに敏感に反応し、はやくも「日朝関係正常化の早期実現を」といった声が広がり始める一方、北朝鮮の出方が読めず右往左往する状態が続いています。先頃、無期延期が決まった村山富市元首相を中心とする超党派の訪朝団など、その典型です。

もう1つが、6月15日午前9時28分に黄海(西海)の「緩衡海域」で起きた南北の銃撃戦です。北朝鮮の魚雷艇、警備艇と韓国海軍が向き合い、わずか十数メートルの距離から銃弾約2,000発を撃ち合うという壮絶な戦闘でした。

朝鮮半島はいま「緊張」と「対話」という両極端の現実が微妙なバランスで存在しています。

黄色海での激しい銃撃戦の直後、それでも南北は、北京で行われる予定の次官級会議を中止しないと発表しました。街談は第1日目の協議を終了した後、北朝鮮側の申し出で一時中断となりましたが、銃撃戦による対立と対話が、まだ微妙なバランスのなかで共存しています。

<「タカ派」でも「右」でもない>

振り返って、日本の外交の現場を見てみるとどうだったでしょうか。 テポドン発射事件から今日まで、日本と北朝鮮の関係は決して良好だったとはいえません。むしろ、北朝鮮は関係を故意に悪化させようとしているのかと、勘ぐりたくなるような事件を続けています。 今年3月23日には、北朝鮮の不審船2隻が日本領海内に侵入するという事件が起きています。 自衛隊発足後初めての「海上警備行動」が自衛隊法第82条に基づき発令されたのも、このときでした。 しかし、こうした常軌を逸した行動について、北朝鮮が今日まで日本政府に対し正式な説明を行ったでしょうか。 テポドンを発射した時など「あの実験は衛星打ち上げのためのものだった」と、実に子供騙しの発表をしたに過ぎません。これは、日本がいかに外交上、北朝鮮から軽んじられているかの証左でしかありません。

日本と北朝鮮の間には厳しい対立もなければ、実効性のある対話もありません。一方的な恫喝に対して、それに抗議する方法やルートさえ確立されていな いのが現状です。にもかかわらず何かというと問題を先送りして、とにかく「話し合いの窓口を」という姿勢ばかりが見立ちます。一部にある「最初に正常化あ りき」の理屈はまったく的外れな考え方と言わざるを得ません。米国が北朝鮮に接近しました、それなら日本も、ではダメなのです。

もちろん北朝鮮の問題については、アメリカと北朝鮮の関係、韓国と北朝鮮の南北関係、そして日本と北朝鮮の関係が複雑に絡み合って存在している以 上、米韓との足並みを乱すわけにはいきません。私たちも、米国の北朝鮮に対する核、ミサイル、政治、経済を含んだ「包括的」なアプローチを支持しています。

半島の安定はわが国の国益という観点からも大変重要です。日本が北朝鮮と話し合いのチャンネルを持つことは、それ自体は非常に望ましいことでもあり ます。米国がNGO団体を通じて、北朝鮮との民間交流を支援しているのと同様に、日本も、その活用を考えるべきかもしれません。実際、日本にも北朝鮮との パイプ役としての機能を果たす能力を持った、少なくとも2つのNGO団体が存在します。 しかし、テポドンや不審船の領海侵犯といった問題は、明らかに日本をターゲットとした北朝鮮の示威行為です。 テポドンが日本自身の安全保障に直接関 わる問題であるとすれば、これは日本と北朝鮮の2国間の問題になります。米韓との連携は保ちながらも、日本独自の外交を展開する必要があることは言うまでもありません。

こうした主張をすると、日本ではたちまち「タカ派」であるとか「右」であるといったレッテルを貼られがちです。実は、そうした二元論的な単純な思考 こそが、日本の外交をお世辞にも高級とは言えないレベルに貶めている最大の原因なのです。北朝鮮寄りである必要もなければ、強く敵対する必要もありませ ん。むしろ、1つの国に対して一元的な態度で臨むのではなく、相手の出かたやその背後にあるものを分析することで、日本の国益にかなった合理的選択をして ゆければ良いというだけのことなのです。

<超党派の「戦略的外交を考える会」> こうした考えに基づき昨年10月、私たちは超党派の有志議員による「北朝鮮に対する戦略的外交を考える会」を立ち上げました。 日本政府はこれまで北朝鮮に対し、有効な外交政策を打ち出していない。その反省に立って「戦略的外交」を政治のリーダーシップによって構築する。それと同時に東アジアの安全保障について研究するというのが、この会の目的です。そこには北朝鮮への「外交カード」としてKEDO(朝鮮半島エネルギー開発 機構)への協力だけに頼っていていいのか、2国間レベルで硬軟をとりまぜたメッセージを送る方法はないのかという考え方が当然、存在しました。 そのためには北朝鮮の現状をこれまで以上に詳細に把握しなければなりません。中でも私たちが冒頭で述べた問題意識、すなわち「日本製品が北朝鮮に流れ、それが武器となって日本を狙うという現実」については、特に検証してみる必要があります。

99年度版米国国防報告は「北朝鮮は最も重大な近い将来の脅威である。攻撃的軍事力、生物・科学兵器やミサイルの保有等は韓国にとって恐るべき脅威になっている。また、経済状態の悪化でその動向が一層予想しにくくなっている。」と記しています。 また、テネットCIA長官は「エリート層も含め、民衆の不満が金日成に向かう傾向が強まっている」と上院で証言しました。

私たちが最も懸念するのは、追い詰められた北朝鮮が体制を維持するために、テロ行為や大量破壊兵器を活用して国威発揚をはかるのではないかという点 です。北朝鮮にはテポドンのみならず、かつてラングーンの爆破事件や大韓航空機爆破事件を起こした、総兵力10万人とも言われる特殊部隊も存在します。 そんな北朝鮮で日本の技術や製品が軍事転用されているとすれば、黙って手をこまねいているわけにはいきません。

北朝鮮向けに日本から多くのハイテク技術や関連部品が流れていることは、確証がないまでも、これまでもおぼろげに指摘されていました。それがもしも事実なら、後に詳しく触れる北朝鮮との外交戦で逆に日本の「カード」になるかもしれません。 実際にどんな日本企業の製品がどのように軍事転用されているのか。幸いにも、韓国には国境を越えて侵入しようとした北朝鮮の半潜水艇や潜水艦が保管されています。まずはそれをこの目で確認しないことには何も始まらない。

私たちが国会が休会となる5月2日から5日までの4日間、有志を募り自費で韓国に向かったのは、まさにそのためでした。参加したのは自民党の安部 晋三氏らの数名の議員です。 視察の目的には当然、金大中政権が進める「包容政策(太陽政策)」について意見交換を行うことも含まれていました。日本では軟化政策ととられながら この政策は一方で‘南風’を送りながら、その反面、北の工作に対しては非常に厳しい対応をしている。その現実をきちんと認識しておきたかったからです。 私たちは韓国で、国防部長官や外交通商次官、情報関係者などと意見交換し、日本製品の北朝鮮流出の実態について、詳細なデータの入手に成功しました。

訪韓の成果としてまず報告しておきたいのは、日本にとって直接の脅威となっているテポドンミサイルに関して、ある衝撃的な証言を得たことです。 事態の性質上、情報ソースを明らかにすることはできませんが、非常に信頼できる筋からの情報と考えてください。 その人物によれば、昨年の8月31日に日本に向けて発射されたテポドンには、実は、「ある日本の重要な技術と部品が使用されていた」というのです。

使用されていたのは、半導体と溶接機です。特にテポドンの場合、アルミ溶接に適した高性能の溶接機がどうしても必要だったというのです。ミサイルなど非常に敏感な兵器を製造する場合、誤差を極力少なくするためにも優れた溶接機の存在が不可欠だからです。

そうした高性能の溶接機を生産しているのは何も日本だけではありません。実際、北朝鮮はミサイル製造に関し、以前はフランス製の溶接機を使っていた ようです。ところがテポドンの製造において非常に高度な溶接機が必要になった。そこでより高度な性能をもつ日本製品の調達が急務になったというのです。

もしも、これが事実ならば、まったく滑稽な話です。自ら開発した高度な技術な技術で作られたミサイルで自らの安全が脅かされているのです。

<目の当たりにした半潜水艇>

当初の目的であった半潜水艇については、実際にこの目で詳細に検分することができました。当時はまだ非公開とされていたのですが、幸運なことに視察許可が下りたのです。 成田から釜山に入った私たちは、半潜水艇が保管されている鎮海の海軍施設へと向かいました。

昨年、韓国海軍によって撃沈された半潜水艇は、軍のカマボコ型倉庫のなかに眠っていました。形は、ちょうど競艇用のボートに似ており、全長12.51メートル、幅2.5メートル、水上速力は約40ノット(時速約74キロメートル)とかなり速いのが特徴です。 中をのぞいて、まず驚いたのが、船内の異様なほどの狭さです。船室は、操縦士とそれ以外という区分になっていて、操縦士4人を含めて最大搭乗可能人員が8人。当初は実際に4人の浸透工作員が乗りこんでいたようです。

浸透工作員とは、韓国に上陸してスパイ活動をする要員のことですが、彼ら4人が乗っていたとされる船室は、とても人間が座っていられるようなスペースではありません。 広さは、おそらく普通のコタツ板ほどしかないでしょう。そこに4人の工作員が酸素吸入器をつけてじっと座っていたことを考えると、いまさらながら、北朝鮮兵士の精神力の強さと、国情の違いを感じざるを得ませんでした。

さて、問題はこの半潜水艇にどれほどの日本製部品が使われていたのかということです。 韓国軍の調査によれば、ろ獲品全85種762点、日本製であることが明らかなものは18種70点。全体に占める割合は実に21%にも達しているのです。 私たちは、その具体的な品目を詳細にしたリストを入手しました。下記の一覧表がそれなのですが、興味深いのは、特に日本製品の内訳が電子装備関連に集中していることです。

半潜水艇資料 ○総括 区分数量 ろ獲装備85種762点 日本製18種70点 比率21% ○日本製搭載電子機器(6種) 装備名製作社モデル用途 レーダーFURUNO1830航海用 GPS PLOTTER〃GP-1830位置確認 測深機〃FCV-561水深測定 HF通信機ICOMIC-725遠距離通信用 整合機〃AH-3  コンバータALINTODP-630

ユーゴ級潜水艦資料 ○総括 区分数量 ろ獲装備247種1,9581点 日本製41種287点 比率17% ○日本製搭載電子機器(8種) 装備名製作社モデル・一連番号用途 能動ソナーFURUNOCH-24/不詳水中航海用 レーダー〃1831/2384-5769航海用 HF通信機ICOMIC-725/227782遠距離通信用 GPS NAVIGATORFURUNOGP-500/2473-2183位置算出 DOPPLER LOG〃DS-70/不詳艦速力測定 GPS PLOTTER〃GP-8000/2488-17981位置確認 測深機〃GFCV-561/不詳水深測定 潜望鏡カメラCANON10R-11/000507海岸監視用

たとえば、搭載電子機器では、航海に欠かせない「レーダー」および船の位置を確認するための「GPSプロッタ」、水深を測定する「測深機」などが古 野電気社の製品。また、遠距離通信につかう「HF通信機」と「整合機」がアイコム社製。「コンバーター」はアリント社という具合です。

実はリストにある日本製の部品をひとつひとつ確認しようと、一部破損した船内の側の並べられた部品の山をチェックしてみたのですが、なぜか日本製の ものが見当たりません。同行してくれた軍関係者によれば、検査のため別の場所に運んだとのこと。それでも、潜水艇上部の中心に備えつけられた円形のレー ダーやGPSは明らかに日本製で、古野電気社のマークらしきものが見てとれました。 もっともエンジンは米国マーキュリー社製のものが三機取り付けられるなど、半潜水艇はさまざまな国の製品を組み合わせて作られています。

しかし、21パーセントという数字が示すように、日本製品の役割が非常に重要であることは間違いないようです。 一方、昨年6月、韓国沖合で漁網に引っ掛かって動けなくなった潜水艦(ユーゴ級と呼ばれるもの)も同じ海軍施設にあるとの情報を得ていたのですが、 こちらは別の場所で補修作業中ということで、残念ながら実際にこの目で確認することはできませんでした。しかしながら、これにもやはり日本製品が多く使わ れていることがわかりました。

表を示しながら説明してくれた軍関係者によれば、ユーゴ級潜水艦は長さ22.3メートル、幅2.4メートルと非常に小型の潜水艦です。排水量60ト ン、水中速力は8ノット、航続距離は船速4ノットで400キロメートル。定員は、半潜水艇よりも1人多くて9名です。すでに85年から北朝鮮が独自に製造 していますが、こちらは全体の17パーセントに日本製品が使用されてるとのことでした。

おもに潜水艦搭載電子機器ですが、例えば、水中を航海する際に使う「アクティブ・ソナー」や「レーダー」、位置を計算する「GPSナビゲーター」、 艦速力を測るための「DOPPLER LOG」や「GPSプロッタ」、そして、測深機などがやはり古野電気社製。半潜水艇にも装備されていた「HF通信機」がアイコム社製。海岸監視用の潜望鏡 カメラがキャノン社製となっていました。

「すでに日本の防衛庁には、日本製品の流出を防いでほしいと公式に文書で申し入れているのですが・・・まだ正式な回答はない」 韓国国防部長官は困った表情をうかべながら話していました。 韓国滞在中に面談した政府・軍関係者や情報関係者等の話を総合すると、北朝鮮がこうした製品を入手する経路は主に次の4であると思われます。

1.民生品として直接合法的に輸入する。 2.香港やマカオといった第三国経由のルートを使う。 3.日本国内(たとえば秋葉原)やその他の国で買ったものを持ち帰る。 4.いわゆる不審船等に積み込むなどして密輸する。 もちろん、このまま放置できるような性質のものではありません。

<困惑を隠せない日本企業>

高性能の日本製品の軍事転用の問題は、ユーゴ級潜水艦や半潜水艇に限らず、さまざまな工作船についても見られる現象で、北朝鮮と国境を接して対峙す る韓国にとっては、まさに‘いまそこにある危機’なのです。しかも、そういう兵器が第三国に輸出されている可能性が大きいとのことでした。 北朝鮮が潜水艦の輸出をパキスタンを含む数カ国に持ちかけたという情報も耳にしました。

ミサイルについては実際、北朝鮮はスカッドB型やC型をイランやシリア等に輸出しています。さらに北朝鮮のノドンは、パキスタンのガウリミサイルに酷似していると言われています。 米韓のミサイル協議でも、米国から北朝鮮にミサイルの輸出に厳重な警告が発せられたのに対して、北朝鮮は輸出停止の代償として年間10億ドルの補償を求めたと言われています。 本当にそれぐらいの額を稼いでいるかどうかはともかく、ミサイルを含む兵器の輸出が、北朝鮮の重要な外貨獲得手段であることは間違いありません。そして、そこには半潜水艇やユーゴ級潜水艦同様、日本の高性能な技術や製品が転用されている可能性が非常に大きいのです。 帰国した私たちは6月下旬、武器輸出やミサイル開発技術の流出に関し、北朝鮮との関係がとりざたされるパキスタン大使館を訪ねました。予想した通 り、「すべての疑問は根も歯もない話だ」とハッサン駐日大使は言明しました。しかし、過去にパキスタンが北朝鮮から通常兵器の一部を輸入した可能性につい ては否定しませんでした。

誤解のないように付け加えておきますが、私たちが韓国で入手したリストを公開するのは、何もそこに名前の挙がった企業を糾弾するためではありません。 リストに最も多く登場した古野電気は、漁船やプレジャーボート用のGPS、レーダー、魚群探知機(測深機)などの分野では世界的な企業です。 魚群探知機に限って言えば、実に世界シェアの6割をおさえています。つまり北朝鮮がその気になれば、世界中のどこででも容易に購入できるわけです。

また、ユーゴ級潜水艦の潜望鏡に使用されていたキャノンのレンズは通常、その多くが銀行やコンビニエンスストアに設置されている監視カメラなどに組み込まれているものです。この監視カメラは、日本国内のどこででも購入可能な製品です。

さっそく古野電気の幹部2人と面会の約束を取りました。緊張気味の面持ちで現れた役員の1人は「本当に困惑している。会社のイメージにもかかわるこ とだし・・・」とすっかり頭を痛めている様子でした。ちなみにテポドンの発射以来、「たとえ合法的なものでも北朝鮮への製品輸出はまったくやっていない。 自主的な判断です」とのことでした。電話で問い合わせに応じたキャノンの広報部長もまったく同じニュアンスであり、彼らが決して故意に北朝鮮に部品を提供 したわけではないことが感じられました。

ただ重要なのは、日本の高性能製品が一旦北朝鮮に渡れば、彼らは日本人には思いもよらないような方法で軍事目的に転用してしまうということです。そうしたケースが非常に多いということを認識してもらいたいからこそ、私たちはあえてリストを公開したのです。 これは余談ですが、昨年テポドン発射で大騒ぎになったころ、日本では「北朝鮮のミサイル攻撃の目標は日本の原発ではないか」との議論が高まりまし た。現実にいまのミサイルの精度では1,000キロメートル離れた日本の原子力発電所をピンポイントで狙うことなど不可能です。しかし、高性能の日本製品 を転用した工作船が日本近海まで来ている現実を見れば、日本の原発が北朝鮮のテロの対象になる可能性は否定できません。

仮に、日本に上陸した北朝鮮の工作員が、原発を目掛けバズーカ砲を一発でも撃ちこんだとしたらどうなるでしょう。たとえ原発施設を破壊することはできないとしても、日本全体がパニックに陥ることはまず間違いありません。

そうした危機が日本よりも身近に存在する韓国の場合はさらに深刻です。東海岸にある原子力発電所には、常時、2個師団が張付いて守っているほどで す。もしも浸透工作員を乗せた半潜水艇が常に自国の近海をうろついているとしたら、日本の安全保障は根本から考え直さねばならなくなるでしょう。 幸いにして、いままで北朝鮮の半潜水艇やユーゴ級潜水艦は、日本の近海では見つかっていません。 しかしそれは、韓国軍関係者の説明によれば、その必 要がないからだろうとのことでした。「フリーパスの日本に、そんな高度な船は不要」だというのです。つまり、日本に侵入するのに、わざわざ半潜水艇などを 使う必要はない。それよりも「漁船が最適だ」と北朝鮮は考えているフシがあるというのです。まるで、冗談のような理由なのです。

話が少々それましたが、北朝鮮の日本に対するこの‘あなどり’は外交の舞台でも随所に反映されているのです。

もう一度、冷静な目でこれまでの日本と北朝鮮との交渉の経緯を見てみましょう。日本人なら誰もが、ずっと‘泣き寝入り的’外交に甘んじてきたという実感を抱いているに違いありません。

日朝国交正常化交渉が決裂した最初にきっかけである「拉致疑惑」をはじめ、テポドンや不審船など両国間に横たわる懸案は、今日まで何も新たな進展が ないままズルズルと引き伸ばされているばかりです。日本にはいつのまにか「北を刺激してはまずい」という空気さえ生まれています。これまではすべてが完全 に北朝鮮のペースです。

<議員立法による輸出規制を>

ここで日本の北朝鮮外交にオプションについて、少し技術的な話をしましょう。 一般的に言って、日本が戦略的外交を展開するためには、まず効果的なカードを持つことが理想です。言いかえれば、相手が交渉に応じざるを得ない‘強み’を持つことです。 果たして日本は現在、北朝鮮に対してどんなカードをもっているでしょうか。

日本がこれまで北朝鮮に対する外交的カードとして使ってきたのはKEDOへの協力です。しかしながら、このKEDOはもともと米韓両国との協調に基 づいて、北朝鮮の核開発を止めさせる目的で作られた国際的な枠組みであり、そこから撤退するというオプションは取りにくい事情があります。しかも、新たな 協力の交渉がまとまりつつある現状を考えれば、明らかにその効力を失ったと言っていいでしょう。

ここで、もう一度考えてほしいのだが、私たちの訪韓の成果です。つまり、テポドンの重要部分や半潜水艇や潜水艦に日本の技術や製品が使われているという現実を、この目で確認したということです。 これまで述べてきたように、日本が自ら開発した高性能の製品によって安全を脅かさている事実は、それ自体、非常に由々しい問題であります。しかし逆 の発想をすれば、日本の技術流出を厳しく管理すれば「テポドンは作れない」、いや少なくとも「製造に支障をきたす」とは考えられないでしょうか。

しかもミサイルや潜水艦や通常兵器は、前に述べたように北朝鮮にとって外貨を稼ぐために重要な輸出品でもあるのです。だとすれば、軍事転用可能な日 本の技術と製品の流れを止めることは、実は外交上も非常に有効なカードになるはずです。これが実際にストップできれば、北朝鮮は軍事的にも経済的にもかな りの打撃を受けるに違いないからです。

いま私たちが北朝鮮に対して最も有効だと考えるカードは、日本の安全保障を脅かす技術と部品の流出という問題を逆手にとって、モノと金の流れをス トップさせてしまうこと。つまり「輸出規制」の強化という外交戦術なのです。無論、現実的には、日本から北朝鮮に流れるすべての製品を止めてしまうことは 不可能でしょう。しかし、それを大幅に制限するだけでも、北朝鮮には十分なメッセージとして伝わるに違いありません。

実は、危険な国家に対して輸出規制をしようとする動きは、すでに国際的な傾向でもあります。 アメリカでは「CATCH ALL」と名づけられた輸出規制法案が下院を通過し、現在も上院で審議されています。 外務省ではなぜか表に出しませんが、5月に小渕首相が訪米した際に行われた首脳会議で、クリントン大統領はわざわざこの技術流出問題に触れ、北朝鮮への日本製汎用品およびミサイル技術の流出を暗に警告しているのです。

一方、北朝鮮は村山訪朝団の日程が具体化する課程で、ある非公式なルートを通じ、輸出規制の動きをやめてほしいとの働きかけをした形跡があります。 もしこれが事実だとすれば、輸出規制を実施しようと声を上げただけでも、すでに北朝鮮にはボディーブローが効き始めたということになります。 問題は、どのような手段で北朝鮮への輸出規制を実現するかです。結論から述べましょう。 私たちは、これを国会議員による「議員立法」で実現すべきだと考えています。

なぜ議員立法なのかというと、そうすれば、北朝鮮に明確に日本国民の意思を伝えられると考えるからです。一連の事件に日本国民は憤っているのだという明確なメッセージを、より強く伝えることができるはずだからです。 また議員立法であれば、政府(外交当局)は北朝鮮との交渉に際して、言わば議会を悪者にすることもできる。 要するに交渉の際にワンクッションおけるメリットもあります。

現在、日本では外国為替管理法(外為法)によって、輸出品の規制、管理を行っています。しかし私たちは、外為法による輸出規制は以下の5つの問題点があると考えています。

1.日本の安全保障の観点からの輸出管理について明記されていないこと。

2.多くの政省令に委ねられており、法文上、規制の具体的な理由が明らかでないこと。

3.規制品目のリストに列挙されている製品以外は、仮に兵器に転用されると分かっていても規制する根拠がないこと。

4.事前審査制で、事後の監督体制が整備されていないこと。

5.最終的な需要者(エンドユーザー)や用途を把握するための、情報手段について規定がないこと。

グローバル化した経済のもと、日進月歩で新商品やアイディアが発表される現代社会では、兵器の拡散を防止するには、リストに列挙される方法では限界があります。輸出品のエンドユーザーを把握することも非常に重要です。

実は最近、日本から北朝鮮への製品・技術流出問題について、また1つショッキングな疑惑が持ち上がりました。

きっかけは、共同電でも報じられた今年3月11日付けの米国「ワシントン・タイムズ」の記事です。内容は「北朝鮮が核兵器開発に必要なウラン濃縮技 術を高めるために、日本企業から関連機器を輸入しようとした」というものでした。関連機器とはウラン精製に使われる遠心分離機に必要とされるもので、北朝 鮮の「Daeson Yushin」という貿易会社が窓口となって日本企業と接触したと記されていました。

記事では、日本企業については具体的に触れられていません。 実際にこの記事を書いた記者やほかの情報ソースにもコンタクトを試みましたが、結局、問題の企業を特定することはできませんでした。

しかし、もしこの企業が北朝鮮関連会社と売買契約を結んでいたとすれば、国際社会から日本企業全体のモラルが批判されることになるでしょう。世界に重大な種子をばらまくことになるからです。 この重大な核関連機器の輸出疑惑については政府として迅速な真相究明を行わなければならないことは言うまでもありません。 一方で通産省は、先の半潜水艇やユーゴ級潜水艇に使われた日本製品の実態および輸出ルートについて、少なくとも本年2月より調査を開始しています。

しかし、通産省の説明によれば、レーダーやGPSといったそれらの製品については、現行法の下では日本から北朝鮮に直接輸出したとしても何の問題も ないというのです。たとえ自国の安全が危機にさらされたとしても、いまの日本の制度では怪しいと思われる民生品に網もかけられないというのです。

こんな状 態は一刻も早く改善しなければなりません。

世界の軍事物資不拡散制度には条約とレジームという2つの体系があります。

レジームとは聞きなれない言葉でしょうが、少々乱暴な言い方をすれば、強制力のある条約とは異なり、一種の‘紳士協定’だと説明した方がわかりやすいかもしれません。 まず核平気や生物・科学兵器そのものについては、国際条約により、移転や開発が厳しく規制されています。それに資する汎用品にも不拡散のための枠組み、国際レジームが存在します。 ミサイルについては国際条約は存在せず、管理のための国際的レジームのみに存在します。通常兵器についても同様で、ワッセナー・アレンジメント(以下W.A)と呼ばれるレジームで規制されています。

今回、我々が韓国を訪問して見てきた半潜水艦のレーダーをGPSなどの製品は、通常兵器に使用されていましたからW.Aの範囲です。紳士協定のみで 汎用品の兵器利用が止められるわけがありません。要するに現行制度では、国内的にも国際的にも、民生品の北朝鮮への流出は阻止できないのが実情なのです。 だからこそ私たちは、現行の外為法ではなく、新たな輸出規制法制定と国際条約の締結が不可欠であると考えているのです。

<「HIRANO」と「IRAN」>

その際、重視しなければならない3つあります。 まず第一は法案の「機動性」です。 技術革新が日々猛烈なスピードで進む現代にあって、規制品目を決定するにあたってのロスタイムは致命的であるといってよいでしょう。ですから、危な いと思った製品を即座に確保しなければなりません。 同様に、規制を解除する場合は場合はにも迅速な対応ができなければ、外交カードとしての効果がまさに半 減してしまいます。 アメリカの上院で審議中の「CATCH ALL」法案も、大統領、あるいは各主務長官の判断で即刻、輸出を禁止することができると定めています。つまり、輸出規制が機動性を発揮するためには、政治の強い権限と一体であることが必要なのです。

第二は輸出規制対象品目の「事後管理」です。 せっかく輸出規制品目に指定しても、それがいつのまにか北朝鮮に流れているようでは、まったくの本末転倒です。具体的には、北朝鮮が第三国経由で日本製品を購入するのを阻止することです。 そこまできっちり規制するには、モノの流れと逆行して動く、お金の流れも把握しなければなりません。国内で輸出規制法をつくる作業と並行しながら、 各国政府と協力して国際条約結び、国境を越えたお金の流れを追いかける態度を作る。これができれば仮に香港のA商社を通じて北朝鮮に製品が流れてても、A からモノがどう動いたかは、入金状況からも把握することが可能なのです。 すでに、麻薬などの組織犯罪に対しては、各国が協力して実績を上げているケースもなくはありません。モノと金で、二重、三重に網をかけてゆけば、第三国を経由して北朝鮮に流れるルートにも対応が可能でしょう。

そして第三が「国指定」の問題です。 これは、実は私が新しい輸出規制を作るべきだという最大の理由の1つでもあるのですが、日本の現行制度には明白に、特定の国を対象に輸出規制は行わ ないという、重大な欠陥があります。北朝鮮と戦略的外交と展開するにあたっての最強のカードとは、当たり前のことですが、最も極端な場合日本から北朝鮮へ のすべてのモノと金の流れを止めてしまうことです。もちろん、このようなことを実際におこなうことは難しいですし、望ましいことでもありませんが、最悪の 場合、いつでもこのカードが切れる状態にすること自体が、日本外交にとって強みになるでしょう。

アメリカでは現行法においても「緊急管理」という条項が定められています。そのなかに国際テロリズム支援国という項目があり、それに指定された国家に対してはモノの流れも金の流れも一切がストップされる仕組みです。

実際、アメリカからテロ国家に指定されたイランなどへの送金は厳しくチェックされています。これは笑い話のようなエピソードですが、アメリカから日 本の平野さんという人物に送金しようとしたら、コンピュータで自動的に撥ねられたという話があります。英語の綴りの「HIRANO」のなかに「IRAN」 が隠されているからだというのです。

要するに、例えば北朝鮮がたとえば北朝鮮がテポドンを発射してきたとします。日本は直ちにスイッチをオフにして製品の流れをストップする。それに対 して北朝鮮が態度を改めて関係改善のシグナルを送ってきたならば、政治の判断ですぐにオンに切り替える。そうした対応が輸出規制では非常に重要になってく るのです。

<「瀬戸際外交」に翻弄されるな>

もう一度、言いましょう。いま日本外交が北朝鮮に対してなすべきことは、新たな輸出規制法案を作ることであると、私たちは考えます。自分たちの首を 自分たちで絞めるという馬鹿げた事態を打破することはもちろんですが、輸出規制は北朝鮮に対して戦略的外交を実践するための「切り札」となるからです。 私たちは、安部 晋三議員らと協力し、超党派の議員の賛同を呼びかける形で、前述の輸出規制法案を国会に提出したいと考えています。と同時に現在、国連の第六委員会で協議されている、国際的なテロ集団への資金の流れを規制する、条約制定に向けた努力を支持します。

最後に私たちが考える法案の内容について次の4つのポイントを示したいと思います。これまで述べてきた原稿制度の不備を補うものになっています。

1つ目は「CATCH ALL規制」。輸出品目が兵器の開発に利用されることを認識した場合、それまで規制対象外の品目であっても、すぐに輸出規制対象に指定できること。

2つ目が、規制対象外の輸出品目であっても、兵器開発に使用されるおそれがあると政府が判断した場合、その旨を輸出者に通知して規制する「インフォーム規制」。

3つ目が、輸出入に関連した資金の動きを把握する制度の整備。

4つ目が、総理大臣が安全保障会議の議決を経て、我が国の平和及び安全に重大な影響を与える特定地域を指定できること。これによって、その特定地域との貿易について、管理、把握できるようになります。 この法案と同時に、前記の資金の流れを規制する国際条約が締結されれば、非常に実効性のある輸出管理ができるようになります。つまり、仮に北朝鮮が 香港やマカオのダミー会社使って日本製品を輸入しようとしても、金の流れを把握することで、それすらも抑制できるようになるはずです。

私たちはこの法案で北朝鮮に対するすべての輸出品を規制できるとは思っていませんし、そのような規制は自由貿易体制に対する副作用も少々強すぎると感じています。しかし、この法案が国会を通過すれば、北朝鮮に明白なメッセージを送ることができると考えているのです。

以上、日本の北朝鮮外交には「対話」と「抑止」を基本とする戦略が必要であること、さらには北朝鮮への「輸出規制」が日本の安全保障上、重要な意味を持っており、戦略的外交を実践する上での「切り札」にもなることを論じてきました。

ひとつ誤解のないようにしておきたいのは、私たちの提案は決して北朝鮮を敵視したり、彼らを日乾しにすることを目的にしたものではないということです。

単なる感情論ではなく、日本の国益、ひいては北東アジア地域の安定という観点から、日本が最も合理的な戦略的志向に基づく外交政策を選択すべきだと主張しているのです。

いま、日本の対北朝鮮外交に求められているのは、軍事力による恫喝も含めたピョンヤンからの様々なメッセージに対し、その都度、的確な反応をしていくことです。

北朝鮮は追い詰められると‘自殺行為’に走るような特殊な国家であり、刺激するとかえって危険だという見方をする人も少なからずいます。しかしなが ら、北朝鮮のこれまでの動きをつぶさに監察すると、そこにはしたたかな戦略に基づく「瀬戸際外交」の姿が浮かび上がってきます。その証拠に、彼らは小さな 危機は作り出しても、決定的な衝突にエスカレートさせることは回避しています。 もちろん北朝鮮が将来の外交手段としての軍事力の影をちらつかせることは十分に考えられます。 その時、「信頼していたのに裏切られた」と嘆くような人脈外交だけに頼っていたら、日本はそれこそ北朝鮮の一挙一動に翻弄され続けるばかりです。

ところで本稿執筆中、明石 康元国連事務次長が、北朝鮮を訪問するニュースが飛び込んできました。明石ミッションに限らず、北朝鮮政府に対しNGOや適切な議員外交を通じた「対話の 窓口」を構築することは、日本としては当然のことです。しかしながら相手の挑発に対しては、硬軟あらゆる手段を駆使して外交戦を行う姿勢を整えておかねば なりません。

輸出規制の強化というカードを通じ、まず国家としての明確なメッセージを相手に伝えること。それが北朝鮮に対する「戦略的外交」の第一ステップであることを、最後に改めて強調しておきたいと思います。

2003年01月19日 (日)

悪いのはクレディ・スイスだけなのか 平成11年 中央公論10月

平成11年 中央公論10月

今年の1月20日、金融監督庁はついに長年のタブーを破り外資系金融機関クレディ・スイス・グループ各社(以下CS)に検査のメスを入れました。 何の事前通告もなく行なわれた検査の結果、7月29日、金融再生委員会ならびに金融監督庁は、CSグループに対し銀行免許取消等の極めて厳しい行政処分を下しました。 この思いきった措置は、日本の金融関係者を驚愕させるだけでなく、外資に対してずっと及び腰であった日本の金融行政の新たな時代を予感させるほどの出来事と思われました。

かつて、日本の金融行政にはあからさまな外資優遇がまかり通っていました。例えば、邦銀が新しいアイディアに基づいて、申請をしても業界の中の横並 び状況はどうかとか、色々斟酌され、実に煩雑な手続きを余儀なくされました。しかし、もし申請者が外資系の場合、法令その他に照らし速やかに認可されまし た。当時の大蔵省は、裁量行政を振りかざして内(国内金融機関)には滅法強いが、欧米諸国からの(不当な取り扱いであるとの)非難を恐れ外(外資系金融機 関)には極端に遠慮している状態と思えました。

その意味でも、外資系金融機関は、日本の権力の及ばない、いわば“租界地帯”にあったのです。その特権に守 られた外資に検査に入るのみならず、免許まで取り消すのです。まさに時代が変わったというべきか、この数年の金融ビッグバンを踏まえて も隔世の感があります。

しかし、実は外資へのこの思い切った検査・処分にも大きな矛盾が隠されているのです。この問題を通じて見えてくる日本の金融行政の欠陥とは何のか、ペイオフ解禁の2001年4月の前に、日本の金融監督行政を再検証してみましょう。

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外資系金融機関の特性と時代背景 さて、本論に入る前に、今回問題となった取引の時代背景と外資系金融機関の特性について振り返ってみましょう。一言に外資系金融機関と申しても、そ こには色々な種類の金融機関があることは申すまでもありません。今回処分が発表された日本のCSグループは、いわゆるインベストメントバンク(以下Iバン ク)あるいは投資銀行業務と呼ばれる業務に従事しておりました。Iバンクとは何か、定義は多様に出来るでしょうが、一言でいえば金融技術の粋を駆使してと にかく利益を上げることを目標とした組織です。たずさわる業務は株式や債券の引受け、企業買収・合併(M&A)、有価証券や外国為替のディーリン グ、そして今話題のデリバティブ関連の業務等多岐に渡ります。長期の融資は、潜在的なリスクと事後管理の労力の割には、収益が少ないから行いません。 マネーメーキングマシーンとも呼べるこの組織は人件費が異常に高いのが特徴の一つです。CSの例ではありませんが、昨年世界的なベストセラーとなっ た「大破局」というモルガン・スタンレー(MS)の元社員の書いた告発本によれば、入社一年目の社員でも年俸数十万ドルは可能であり、年俸百万ドルを超え る社員もざらにいるとのことです。日本の金融機関の給与が高いとよく批判されますが、その邦銀からIバンクに移ると少なくとも初年度で給与は倍になること はごく当然で、更にその後の成績次第で、元の給与の5倍から10倍になっても不思議ではありません。

なぜ、その様な高給が支払えるかというと、それだけ収益を挙げているからです。前述のモルガン・スタンレーの元社員は、彼のいた70人の部署で2年 間のうちに10億ドルの収益を挙げたと記しています。単純計算で、一人当たりの年間利益は7百万ドル以上。もちろん、事務処理を行うコスト等が含まれてい ない数字かもしれませんが、ケタ違いに大きな利益であることに間違いありません。ちなみに、邦銀を見ると、従業員1人当たりの業務純益が最も多いところで も5,000万円に満たない訳ですから如何にこの金額が大きいかが分かるでしょう。もちろん、彼らは高い収益を上げるためにリスクを取ることを厭いません。 名門Iバンクのソロモンブラザースが米国債入札を巡る違法行為で摘発されたことがありましたが、これなどは、危ない橋を渡ろうとして渡りきれなかった例でしょう。 いずれにせよ、Iバンクとは、収益至上主義の会社にあっては、究極の会社形態と言える組織かもしれません。

さて、今回の損失先送り商品が売られた日本の時代背景について簡単にふれます。 OECDの統計によると、1990年から1996年の6年間のバブル 崩壊期間に、日本の金融を除く全事業法人は334兆円の資本損失を喫し、金融機関は181兆円の資本を失いました。これだけ巨額の損失は、第二次世界大戦 以後初めてですが、敗戦時と異なり、目に見えて何かが急に変化したわけではありません。そして、多くの会社のサラリーマン役員には、自分の任期中には損失の発生を表面化させたくないと願う人も多かったのではないでしょうか。 さらに、金融機関について言えば、最近の日債銀の破綻に際する大蔵省の監督責任についての宮沢大蔵大臣や柳沢金融再生委員会委員長の発言から類推するに、97年の山一、拓銀の破綻以前には、セーフティネットも未整備であるからという理由 で護送船団方式を守る為にも損失処理の先送りを黙認してきたいう背景があるのです。

だからこそ、大蔵省の行政指導下にある公認会計士が今回のCSの損失先 送り商品についてその会計処理に異論を唱えなかったのではないでしょうか。

なお、この期間、大蔵省はあきらかに銀行の損失処理の先送りに資する様な会計基 準の変更を認めてきました。

有価証券の評価方式を低価法から低価法と原価法の両方から選べる様に変更したのがその典型です。 つまり、複雑な金融技術の知識を活かして収益を稼ごうとする外資系金融機関にとってなんとしてもバブルの後遺症を決算書のお化粧で取り繕いたい日本 の会社とは格好の獲物であり、それらの「溺れそうな日本の会社」にとって外資系金融機関の損失先送り商品は目の前に差し出された「藁」に見えたことでしょ う。そして、当時の金融機関については、急激に損失を表面化させるより、徐々にそれを処理することを、大蔵省も欲していたというのがバブル崩壊後97年以 前の日本の実状ではなかったでしょうか。

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「公益を害する」のは単独犯? さて、CSの事件に戻って考察してみましょう。CSに対する処分事由は「公益を害する行為」と「検査忌避」の2つでした。まず「公益を害する行為」 とは何か。これは、CSが、多数の金融機関や事業法人に対して、含み損を抱えた有価証券の損失を表面化させることなく会計処理できるよう巧妙な仕組みを作 り出し、「反復・継続して」販売してきた行為を指しています。いわゆる「粉飾決算幇助」まがいの取引であります。喩えていえば、死に体の金融機関に高価な 生命維持装置を売りまくったということでしょう。

当局は、当初この「粉飾決算幇助」を立件すべく検査に入ったと言われています。ところが最終的には「公益 を害する行為」としてCSは処せられました。

CSが主張するように、彼らが販売した商品が単体では「違法ではない」と当局も認める結果となりました。

しかし、監督当局としては、初めて検査に 入った外資系金融機関の検査でなんの成果も見出せなければメンツの上からも許されません。その上、検査忌避など仮に行っていても日系の金融機関では認める ことの有り得ないことを行われた以上、なんらかの処分を下すべきだと判断したのでしょう。

銀行法に定める「公益を害する行為」を初めて発動し、免許取消を 含む厳しい処分を課した背景にはこんな事情も働いたのでしょう。もっとも、CSグループは日本国内で2つの銀行免許を有しており、免許取消を受けた日本のCSフィナンシャルプロダクツ銀行は、その親会社であるCSFPがCSFBと機構整理上合併が決定しており、免許取消はあまり影響がないときいています。 今まで、CSグループのCSFPも CSFBもそれぞれ日本国内に別法人の銀行子会社を有していましたが、今回CSFPとCSFBが世界的に統合されるに際して、日本国内でも二つの子会社を統合する話があったからです。むしろ、免許を「返上」するのは、それはそれで大変な作業であるので取消をされて良かったという意見も内部にあるそうです が、もう一方の銀行免許を保持しているCS信託銀行も無期限の営業停止処分でかつて類をみない厳しい処分を受けていることは事実です。

しかし、要件のはっきりしない「公益を害する行為」に落とし込んだことは、歴史的にも類を見ない裁量権の拡大です。これは「大岡裁き」といわれても 仕方がない断です。グレーゾーンだらけの我が国金融監督法制のもとで、裁量権の拡大は、海外メディアが指摘する通り、一層プレーヤーを混乱させることは間 違いありません。つまり、金融ビッグバンの「フリー、フェア、グローバル」の御旗のもと、新設された金融監督庁は大蔵省時代にも見せなかった思い切った裁 量を発揮したといえるのです。 もう一つ見逃せない点があります。8月3日の参議院財政金融委員会で、乾金融監督庁監督部長は、「公益を害する行為は行政罰であり共犯概念は一概に はない」と答弁しています。(質問者は筆者)これは裏返すと、「公益を害する行為」に落とし込むことで本犯を追求しなくてすむとも解釈されます。「粉飾決 算幇助」を立件するためには当然、当事者たる金融機関の「粉飾決算」を立件しなければなりませんが、その場合監査を行った公認会計士はじめ、事前に取引内 容を報告され「お墨付き」を与えたとされる大蔵省に飛び火することも想像できたはずです。それを避けるためのテクニックではなかったのかと勘繰られても仕 方がないと思われます。こうした要らぬ勘繰りを防ぐには、監督当局はCSの商品を購入して、「公益を害した」金融機関の摘発にも努めるべきでしょう。それ が、真に公平で、信頼される行政の姿であります。 次に「検査忌避」ですが、今年1月20日に当局が抜打ちで検査に入った当日夜にCS幹部社員が大量の資料をシュレッダーにかけたり、ロンドンに関係 書類を一時避難したりしたことが発端です。筆者はこの行為を擁護するつもりでは決してありません。しかし、同様に問題なのはおびただしい量のCS内部資料 がマスコミに流されたことです。なぜこのような流出が起きたのでしょうか。「検査忌避」をしてまで顧客資料を隠そうとしたCS内部から資料が流れだしたと は考えにくいです。すると、やはり、当局サイドから流出したと考えるのが自然でしょう。長引いた検査終盤はCS幹部が当局に出向くたび、不利な情報を事前 にマスコミにリークされ、訪問予定日当日の朝刊に大きくCS叩きの記事が載っていたものです。先般の東京相和銀行の破綻時と同様に、当局の検査結果は誰よ りも早くマスコミが握っていたのです。 金融不祥事がおこるたび、当局・金融機関・マスコミの間で情報のキャッチボールが行なわれるさまは異様としかいいようがありません。証券会社による 損失補填の問題の際には、最終的に当時の四大証券の顧客リストが(なぜか)同時に日経新聞に掲載され沈静化しましたが、そうしたマスコミを介した当局と金 融機関のやり取りは不透明きわまりない、不自然なものです。世論形成のための情報提供をすべて否定するものではありませんが、あたかも処罰の一形態かのよ うな使い方は絶対に許されるものではありません。ましてや、リークという当局側に正面から責任が及ばない形で、相手を攻撃することは卑怯な行為です。

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一罰百戒でいいのか? さて、上述の通り、この手の取引で商売をしたのはCS一社ではありません。そもそもこの手の取引はバブル期直後に中堅生保を中心に当時の四大証券が 手がけたこと端を発しています。そのうちに証券会社のスキャンダル時に顧客情報が漏洩したこと、ならびに取引スキームの高等化の要請があり、外資系の独壇 場になりました。昨年初頭に日本でもベストセラーとなった前述「大破局」には、東京で行ったMSの日本金融 機関との取引が詳細に内部告発されています。その顧客が4億ドルの利益を見かけ上計上するために、MSがその一取引で7,460万ドル(約90億円)の利 益を手にしたと書れてあります。東京は史上最大のおいしいマーケットだったようです。CSの後に、検査が終了しているリーマンブラザーズ、クレスベールに 対しても近く行政処分が下るでしょう。また、シティバンク等の名前も取り沙汰されていますが、アメリカへの遠慮からか、MS等のビッグネームの米系金融機 関には検査に行かないと噂されています。MSの場合には、告発本とは言え、取引の手口まで開示されていることを踏まえ、相応の検査をすべきとの声があがる のも当然でしょう。不公平といわれかねません。 次に、実際に取引を行った金融機関にはどういう行政処分が下るのでしょうか。まさか、個別の取引は単体では違法性がないから、まったく処分なしとい うわけにもいかないでしょう。現状ではCSがどの金融機関とどの程度の取引を行ったか公表されていませんが、当然当事者たる金融機関の側の責任は問われる べきでしょう。「公益を害する行為」によって、損失が先送りされた結果、投資家は虚偽の決算書に基づいて投資判断をさせられた可能性があります。仮に日債 銀が報道の通り、CSの助けで損失の先送りをしていた場合には、一番大きな被害を受けたのは、特別公的管理になる前に日債銀株を購入した投資家でしょう。 私のもとにも、日債銀株一万株を公的管理に入る直前に140万円で購入したという一般の投資家の方から、140万円がゼロになったがどうすれば良いかの相 談の手紙が来ています。こうした投資家の立場に立てば、やはり、損失先送り商品を購入したことに対して何らかの処分が必要となるでしょう。 行政処分の公平性についても考察が必要です。現在、刑事事件として表面化している日債銀や長銀の粉飾決算疑惑に対して、行政処分が行われないのは何 故でしょうか。不動産がらみの不良債権の飛ばしや大蔵検査用に組織挙げての二重帳簿作成などの極めて悪質な行為に対し、旧経営陣が個人として刑事告発され るのみで法人として行政処分されないとしたら、CSの処分と比べて著しくバランスを欠いているといわざるをえません。日債銀や長銀に銀行免許を与えている 現状をどう説明するのでしょう。まさか、行政処分を課すると今後の売却に影響が出ると考えているわけではないでしょう。特別公的管理に移行したから行政処 分が不要であるとするのも問題でしょう。公的管理移行後も法人格は変化していないのです。

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行政責任と現状の検査の体制 当局の行政責任はどうでしょうか。宮沢蔵相や柳沢委員長が認識している行政責任はどのような形で果たされるのでしょうか。「銀行をつぶさないことが 当時の命題」とし、信託勘定については原価法も採用できる等、“神風”的救済策を幾度も繰り返し、問題を先送りにしてきたツケはいうまでもなくあまりにも 大きいです。 当局は今回、複雑なデリバティブ取引を解明するため専門職の非常勤職員を雇い 、結果的に10数人中5名が本採用されたと報道されています。これらの非常勤職員は今回の検査でも活躍したとのことですが、その場合、本採用前の非常勤の 状態、いわばアルバイトの期間から検査を行っていたことになります。細かいことかもしれませんが、この状態での守秘義務等の法的制約ならびにその後本採用 されなかった人たちとの守秘義務契約は一体どうなっているのでしょうか? 私も、高度化する現下の金融に鑑みれば、当局も高度なデリバティブ取引を理解できる人員を増やすべきであると考えますが、最低限臨時職員としてでは なく、短期間であっても正規の職員として採用すべきでしょう。その際、もし予算面の制約等から急激に増加しにくいということがあるならば、例えば米国など で採用されている制度を参考に、被検査金融機関から検査料を徴及することも考慮してもよいのではないでしょうか。最初の1週間は無料で、それ以降有料とす ることも一案です。そうすれば、金融機関側も早く検査を終了してもらおうと、より協力的になるのではないでしょうか。 また、カルチャーの違いも考慮すべきです。今回、当局は初の外資系金融機関への本格検査を行った訳ですが、そのカルチャーの違いから多くの不要な摩 擦が生じたようです。検査官はいまだ「お上意識」が強く、CS側は「対等」な交渉を要求しました。英語の資料を原本のまま提出したら激怒され、何度となく お役所言葉に翻訳させられたり、スイス経済界きっての実力者といわれるグートCS会長が当局を訪問した際にはツッカケをはいた課長補佐が応対に出てきたと (グート会長は世界最大の食品企業であるネスレの会長となることが内定している。喩えていえば、次期経団連の会長に金融監督庁の課長補佐がツッカケをはい て会ったようなもの)、笑うに笑えない話もあります。日本において、営業をするのですから、検査に際して資料の日本語訳を用意することは当然ですが、原本 と訳の違いがあった場合に誰がその違いを指摘するのでしょうか。また、検査中とはいえ、相手は犯罪者ではないのだからその立場も最低限理解することは必要 でしょう。

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あるべき金融監督行政とは では、本来あるべき金融監督行政の姿とはどんなものでしょうか。2001年4月、つまり1年8ヶ月後には、ペイオフが解禁されることとなっていま す。私は現時点ではペイオフ解禁はあくまでも国際公約であり、努力すべき目標であり、制度の微調整はあっても、延期を議論すべき性質のものではないと思っ ています。ペイオフ延期を議論することは、不退転の覚悟で金融システムの大掃除をするという姿勢から離れてしまうからです。 ペイオフが実施される世界は一般の預金者にも、金額が1,000万円超とはいえ、自己責任を要求する世界です。その様な世界では情報の速やかで適切 な開示が一番大切であることはいうまでもありません。そこで、監督者としての仕事は以下の三項目の監視ではないでしょうか?一番目は開示されている内容が 正しいか否かのチェックであり、二番目は必要な事項について充分開示をしているかどうかをチェックすること。そして、三番目が金融機関としての運用姿勢が 正しいかどうかをチェックすることです。監督行政の思想で大切なのは、残念ながら性悪説に立つことです。今まで日本は、お上の指導には“従うはず”との論 理で、行政運営をある種裁量に基づいて行ってきましたが、外資系の金融機関は日本のムラ社会の論理とは別次元の論理で行動をするかもしれません。守るべき は預金者や株を保有する投資家、金融機関を選べない借入先であり、金融システムです。多様な企業の行動を効率的に監督するには、是非は別として、性悪説に 基づいて監督するしかないでしょう。そして、そのためには、最新の金融知識にも詳しい人材を採用する必要性があります。監督当局だけですべて賄うのは不可 能でしょうから、監査法人をより有効に活用することが必須となります。さらには、いったん決算対策のため緩められた会計基準を真に会社の状況を保守的に反 映するような形に例外なく改めて行くことが肝要です。こうした意味では、時価会計基準の導入は歓迎すべきことです。時価会計基準の導入と共に、CSの損失 先送り商品の利用で先送りされていた損失も帳簿上明らかになってくるはずです。 そして、当局が説明責任を果たしていくことが何よりも大切です。例えば、上記のCSの処分の例に見られる矛盾点について、一つ一つ当局側が丁寧に説 明をすることでマーケットのプレーヤーの印象が大きく変わってきます。金融当局はビッグバンに伴う監督行政の変化の中で、金融機関により高い透明性を求め てきました。しかし、自身の行政行為に対する説明責任の果たし具合は、まだ十分ではありません。例えば、国有化された長銀を民間に売却するに当たり、ゴー ルドマンサックスというIバンクをアドバイザー(助言者)に起用しました。また、日債銀の売却にはMSを同じくアドバイザーに起用しています。私はアドバ イザーの起用自体は、早期の再民営化がはかられるというなら、むしろ歓迎すべきだと考えております。しかし、税金で、これらのIバンクを雇用する以上、契 約内容を開示し、国民に吟味してもらう姿勢が必要ではないかと再 三再四議会で主張してきました。しかし、いまだに、当局には開示しようという動きはありません。思い出して下さい、Iバンクは、非常に人件費が高い組織で すから、アドバイザリー契約も高価であることが予想されます。税金で高価な契約を結ぶなら、その効果を広く国民が検証することが必要です。 金融監督行政が事前規制から、事後の監督へと変化するなかで、市場参加者に対してより高い透明性を要求するなら、監督当局は国民に対して進んで情報 を開示することで説明責任を果たすべきです。この十年で、「愚かなる『民』を全能の『官』が正しい方向に導くのだ」という発想が間違っていたことを、私た ちは巨額の国民負担を払って学んだはずです。

2003年01月19日 (日)

●新生銀行を「国賊」にしたのは誰だ。   平成12年 文藝春秋9月

●新生銀行を「国賊」にしたのは誰だ 平成12年 文藝春秋9月

上向きかけた日本経済に水を差すことになった、そごう問題。
その背景にある-むしろこの背景にこそ問題の根本が潜んでいるのですが-旧日本長期信用 銀行(現新生銀行)の売却にかかわる疑問点について、7月18日の参議院「金融問題及び経済活性化に関する特別委員会」では議論が紛糾しました。

しかしな がら、いまだ開示されるべき情報は何も明らかにされず、疑問に対する合理的な回答もなされないままになっています。

日本経済がいよいよ岐路に立たされた今日、まず第一に問われるべきは、一昨年に破綻した長銀を生き残らせた意図は何だったのか、ということです。

本来、長銀を潰さない、という政府の判断には、長銀が倒れた時に景気に及ぼすダメージを回避する、という考えが根底にあったはずです。

つまり、長銀 破綻によって融資先企業がバタバタと倒産したら、ただでさえ瀕死状態にあった日本経済は致命傷を受ける。
それなら今税金を大量投入して長銀を生まれ変わらせ、しかるべきところに売って、引き続き融資先企業を支えさせるべきだ、という論理です。

私自身は後で述べるようにこの考えには反対なのですが、百歩譲って、考え自体は認めるとしましょう。
しかし、長銀の譲渡先として、金融再生委員会はこともあろうにニュー・LTCB・パートナーズ(以下NLP)という外資系の投資ファンドを選んだ。これがすべての齟齬の始まりでした。

NLPはオランダの法律に基づいて組織され、リップルウッドをはじめ、メロン銀行、GEキャピタル、トラベラーズ、ドイツ銀行、ペインウェーバーなどそうそうたる顔触れが出資者として名を連ねています。
我々はまず、長銀を買ったのが、資本の論理が100パーセント支配する「外資」の、それも「投資 ファンド」だった、ということを頭に入れないといけない。
その理解なくして何の議論も成立しません。

外資といえど、もしもIBMのような事業法人が長銀を買ったのならば、将来的に日本で展開する他のいろいろなビジネスへの影響を考え、買った銀行の 社会的な評価にも一定の配慮をする、といったことがあるかもしれない。
しかしNLPのような投資ファンドの理屈は、とにかく儲かるか儲からないか、の一点に尽きる。
しかもその利益が明日の1億円なのか、それとも10年後の1億円なのかということを厳しく区別し、緻密な計算に基づいた論理を貫きます。日本で は、損して得取れ、という考え方がありますが、彼らの頭には今、得することしかない。「資本の理論」といえば格好はいいですが、先に得をして、あとで損をしそうになったら、その前にさっさと逃げればいいと思っているのです。
そのために日本経済がおかしくなるようなことがあっても、彼らにとっては知ったこと ではありません。

実際、今回の「新生銀行ショック」の嚆矢となった信販会社大手・ライフの倒産でも、新生銀行はメインバンクとして、自ら倒産の引き金を引いている。 「瑕疵担保特約」によって自分たちの債権はしっかりと保全した上で、会社更生法が適用されるや、身ぎれいになったライフを安く買収しようという動きを見せています。
これは日本人が一般にメインバンクにもつイメージからすれば、到底、納得のできないやり方です。屍肉をむさぼるハイエナ、といわれてもしようがない。

長銀が特別公的管理下にあった昨年3月、当時の柳沢伯夫・金融再生委員長は、「(長銀を)外資系に買ってもらい、日本の金融システムに刺激を与える 存在になってもらうのもいい」と語っています。
なるほど新生銀行は充分すぎる刺激を日本に持ち込んでくれました。しかしショックを与えればいい、というだけで彼らに売ったのだとすれば、それはとんだ見込み違い、なんとも間の抜けたお人好しだったと断ずるほかはないのです。


<倒産は「ホームラン」>
7月26日、大手百貨店そごうに対し民事再生法による再生手続き開始の決定が下され、そごうは事実上倒産しました。
そごうをめぐるドタバタは4月6 日、取引銀行73行に対する総額6,390億円もの債権放棄の要請に始まり、その後の方針が二転三転し、最終的に亀井静香・自民党政調会長の暗躍により債 権放棄要請を取り下げ、民事再生法の適用申請ということになった。

この一連の騒動の中で特にクローズアップされたのが、今年2月の長銀売却の際、売り主である預金保険機構、買い主であるNLPの間で交わされた契約書に盛り込まれた、「瑕疵担保特約」です。今ではこの言葉が新聞に載らない日はありません。

長銀から引き継いだ融資先企業が債権不能、倒産などということになると、当然債権の価値は下がる。その際、損失が2割未満であれば新生銀行がかぶる が、2割以上の場合、新生銀行はその債権を預金保険機構に買い取らせることができる。
これが瑕疵担保特約の概要です。
会社が傾いて債権の損失が2割未満、というのは通常考えにくいので、これは事実上、融資先に何か問題が起これば、国が新生銀行の損失を補填しましょう、という契約に他ならない。

瑕疵担保特約は譲渡後3年間の期限つきではありますが、まさにこの特約こそが、ライフ、第一ホテル、そしてそごうと、融資先を次々に倒産に追いやっ た新生銀行の行動原理の源なのです。
つまり新生銀行にとっては、そごうが倒産してくれたほうが都合がいい。国が100パーセント肩代わりしてくれるので、 債権を回収する手間も省けるし、融資したお金も確実に戻ってくる。濡れ手に粟、いいことずくめなのです。
現在、債権放棄を要請して再建を図りたい企業がゼネコン、流通などを中心に連なっていますが、新生銀行が他行と足並みをそろえず、独り要請にそっぽを向いている理由もまさにここにあります。

実際、新生銀 行の外国人行員たちは、融資先の倒産を「ホームラン」と称しているという。
ここに彼らの本音があるのです。


<引当金という名の持参金>
私は本来、政府が介入するM&A(企業の合併・買収)の契約においては、契約後の損失を売り主と買い主が分担する「ロスシェアリング」という考え方に基づくべきだと考えています。

将来発生する損失について、瑕疵担保特約では売り主である国が一方的に補填しますが、ロスシェアリングでは買い主もその負担を一部負う。当然、売り 主、買い主の双方が損失を抑えるように努力することになります。
本来、このように両者の指向するベクトルを一致させることこそ正しい契約というものではありませんか。

私は昨年来、国会をはじめいろいろな場で、このロスシェアリングの考え方を導入することを強く提案してきました。しかし今日まで受け入れられ ることはなかった。 その結果、現在のような、銀行が融資先の倒産を喜ぶなどという、それこそモラルハザードの最たるものをもたらしたのです。

私は昨年7月の特別委員会で、当時の柳沢伯夫・金融再生委員長にロスシェアリングに対する認識を質しています。 柳沢委員長の答弁は「金融再生法にお いては、再生委員会による資産判定に依拠する」というものだった。 これは平たくいうと、金融再生法の下のM&Aでは、問題のある債権は整理回収機 構が引き取るから、危ない融資先を買い手企業が引き継ぐことはない。よってロスそのものも発生しない、ということです。しかしそうであるならば、なぜ、そごうや第一ホテルは倒産してしまったのか。あれは健全な債権だったのでしょうか。 長銀が新生銀行に引き継がれるわずかの間に、健全な企業の経営が悪化して、危ない企業になってしまったのでしょうか。ここに今回の問題を引き起こした重大な欺瞞があるのです。

その欺瞞を如実に示しているのが新生銀行の「貸倒引当金」の金額です(下表参照)。

旧長銀の貸倒引当金

平成11年3月平成12年2月増額 一般貸倒引当金4,137億円 (うち そごうグループ188億円)3,118億円-1,019億円 個別貸倒引当金1,223億円5,899億円 (うち そごうグループ1012億円)+4,676億円 合計#5,465億円9,028億円+3,563億円

# 「一般」+「個別」との差額は特定海外債権引当勘定 貸倒引当金とは、債権が焦げついて損失を被るリスクを回避するために、銀行が積み立てるお金です。当然、リスクの高い債権ほど引当金の額も大きくな る。長銀は昨年3月、金融再生委員会が行った資産判定に基づいて、5,465億円の引当金をつんでいます。ところが、NLPに譲渡される直前の今年2月に なると、引当金はいつのまにか9,028億円にまで引き上げられています。これはもちろん、税金から出た金です。

その中身を見ていくと、注目すべきは「個別貸倒引当金」の項目です。個別貸倒引当金というのは、破綻が懸念される、あるいは実質的に破綻している債 権に対して積む引当金です。この個別貸倒引当金が1年たらずの間に、1,223億円から5,899億円と、5倍弱になっている。そのうち、そごうグループ への引当金だけ見ても、一般貸倒引当金188億円から個別貸倒引当金1,012億円へと激増しています。

これはどういうことを意味するのか。当初の資産判定で「適当」とされた債権がどんどん劣化し、引当金を積み増ししていかなければならない状況に陥っ たということでしょうか。しかし、昨年度日本は経済成長率0.5%を記録し、資産がこれほど劣化する要因はありません。つまり、最初の資産判定自体がまや かしだったのです。危ない債権をも、初め健全な債権にカウントしていた。しかしそれでは新生銀行が納得しないので、譲渡前に引当金を積み増しして、ようや く引き取ってもらった。引当金は新生銀行に引き取ってもらうための持参金代わりではなかったのか。

金融再生法には、預金保険機構は金融再生委員会に対し資産判定の請求をすることができる、とされています。なぜ預金保険機構は、再生委に資産判定の やり直しを要求しなかったのでしょうか。預金保険機構の松田昇理事長は私のこの疑問に対し、「1回は判定する義務がある」と回答しました。1回はちゃんと やったんだからそれでもいいだろう、という完全に開き直った態度です。 実は私は、再生委が資産判定を甘くして、譲渡直前に引当金を積み増すつもりではないだろうか、という懸念を当初から抱いていました。前述した昨年7月の特別委員会で、次のように柳沢金融再生委員長に何度も念を押しています。

「理論的にはきれいな債権しか残っていない。ですから、そこを買っていただく方に過分な金額をつけることはないんでしょうね。」

これについては、柳沢委員長はイエスともノーともつかない玉虫色の答弁に終始しました。

また、「資産査定のときからもし悪化して多くの引当金を仮に積まなければならなくなったとすれば、その理由をその段階では個別のそのときは適とされた企業がなぜ悪くなったのかということを含めて明らかにしていただきたい」 と迫ると、柳沢委員長は「当然のことと心得ております」と、実に明快に答えました。

今年2月現在の個別貸倒引当金、5,899億円のうちそごうグループ分の1,012億円を差し引くと、残りは4,887億円です。この引当金はどの 融資先企業に対して積まれたのか、右の柳沢さんの答弁にもかかわらず、いまだ明らかにされていません。柳沢さんは結果的にウソをついたことになる。

結局、本来なら整理回収機構送りになるはずの債権を大丈夫だと強弁し、問題を先送りしようとする体質こそが税金の大量投入を招いた。こういうまやか しを最初から意図してやろうとしたのか、それとも当初は本当に大丈夫だと思ったものがたまたま悪くなってしまったのか、それはわかりません。わかりません が、故意であったと思われても仕方がないし、判断を誤ったのだとすれば重大な過失です。

ここから先は政治哲学、つまりソフトランディングかハードランディングか、という議論に通ずるのですが、日本の景気が90年代ずっと低迷し続けた元凶は、まさにこの「先送り体質」にこそあったのだと私は思うのです。

たとえ話ですが、江戸時代の火消したちは火事が出たら延焼しないよう、思い切って周りの家を全部取り壊した。そうして大火を防いできたわけです。と ころが今の政府のやり方というのは、徹底した消火活動をせず、くすぶったまま残してしまう。だから風が吹けばまた燃え広がるのです。ましてやマーケットは 火に油を注ぐ面がある。つまり不信感があると、噂が噂を呼び、大火の引き金を引く。そうさせないために、一度徹底的に処理し尽くさなければならないのです。

こう言うと、例えばそごうが破綻したことで、中小零細の取引先が被害を受けている、かわいそうだという議論が出てきます。しかし、あらゆる問題企業 を救済していたら、いったい税金がいくらあったら足りるのでしょうか。私は救済という名の先送りよりは、潰すべき企業は潰して悪い膿を出し切ったほうが、 結果としてもっと強い日本経済が生まれると考えています。 ただし、この考え方を独善的に正しいと思っているわけではありません。大事なことはそういう議論を政治の現場が国民の目の前で行うことです。しかし 問題企業であったそごうを、健全企業であると偽って、新生銀行に引き継がせるようなごまかしを続けていたのでは、そういった議論がなされない。国民には事 実が知らされず、いつのまにか引当金という名の持参金が積み増しされるようなことが行われているのです。

<ゴールドマン・サックスの罪> もうひとつ、重大な問題を指摘しておきたい。 それは瑕疵担保特約をつけているのに更に引当金を積む必要があったのか、ということです。

つまり瑕疵担保特約があるということは3年間は何があっても国が保証する、ということに他ならないわけですから、本来、その間の引当金は必要ありません。 別のオプションを盛り込むにしても、瑕疵担保特約などという複雑なものでなく、例えば3年間、債権に政府保証をつけてしまえばそれでいい話です。 今は引当金ゼロで、3年後に残った債権だけに当初必要だった引当金を出してあげれば、税金の負担ははるかに少なくてすんだはずです。

この点は、7月に開かれた特別委員会で、新生銀行の八城政基社長にも質したところです。

「すべての引当金について、3年後に新たに引当金が積まれればまったく問題ないという理解でいいわけだと思うんです」

八城社長は、「理屈の上ではそうですが、その…」と、私の議論がまさに「理屈」にかなったものであることをはからずも認めている。

私はなぜこの点に拘泥するのか。そごうは今回倒れましたが、仮に立ち直って、新生銀行への債務2,000億円を100パーセント返済したとします。 すると、まずもちろん新生銀行に2,000億円まるまる入る。その場合、1,012億円の引当金はどうなるのか。実はこれは国庫に戻されることはなく、新 生銀行の特別利益として計上されるのです。国民の税金であがなった引当金が、新生銀行へのビッグな特別ボーナスに化ける。これがあの愚かしい契約の意味す るところなのです。

なぜこのような馬鹿げた事態になってしまったのか。金融再生委員会、なかんずく初代委員長の柳沢伯夫氏の罪は重いと言えます。 もしも、再生委のメンバーがM&Aの素人だとするならば、彼らが正式にアドバイザーとして迎えていたゴールドマン・サックス社の責任も重大 です。ゴールドマンの役割は、長銀の受け皿になる候補先と売却条件を詰めていき、契約をまとめることでした。彼らはプロですから、瑕疵担保特約についても 引当金についても、その裏に隠されたからくりについても当然、熟知していたはずです。売り主たる再生委のアドバイザーなのだから、こんなに一方的に買い主 に有利な契約を看過するなど論外でしょう。

NLPから新生銀行の非常勤取締役に就任したクリストファー・フラワーズ氏が、2年前まではゴールドマンに役員として在籍していたという事実も不可 解です。やはりゴールドマンはNLP寄りで契約交渉を進めたのではないか、NLPとの間に密約があったのではないかと勘ぐられてもしかたがない。

どのような経緯でゴールドマンをアドバイザーに選んだのか、その選考過程を再生委はまったく明らかにしていません。また、ゴールドマンとの間に交わ された契約内容や、いくらでアドバイザリー契約を結んだのか、といったことについて情報を公開せよ、という私たちの要求に対し、国家公務員法上の「守秘義 務」を楯に拒み続けています。

ゴールドマンが職務上知り得た長銀の財務情報なりを開示してはいけない、という条項は契約自体の中に含まれているでしょうし、含まれるべきです。し かし、雇い主の政府がアドバイザーであるゴールドマンに具体的にどのようなことをどのような条件で依頼したか、を開示してはいけないということはあり得な いのです。それに開示されて困るようなこともあるはずがありません。ましてや莫大な税金が投入された今回の長銀譲渡に際して、ゴールドマンがいかなる役割 を果たしたかを知るのは、国民にとって当然の権利ではありませんか。

実はゴールドマンが契約の公開を拒んでいるのは、再生委が拒んでいるからではないかと思えるふしもあります。 長銀と同じく一時国有化されてた日債銀について、再生委は譲渡のアドバイザーとしてモルガン・スタンレー社を雇いました。私は友人を通じてモルガン の東京支店長、テリー・ポルテ氏から、我が社はいつでも日債銀についての契約を公開する用意がある、とのメッセージをもらったのです。 私はポルテ氏にも直 接電話で確認した上、再生委に、モルガンとのアドバイザリー契約を公開してほしい、と迫りました。

ところが再生委の返答は、「こちらでポルテ氏に確認したら、たしかに浅尾氏にはそう言ったが、いつとは言っていない、という答えだった」と木で鼻を くくったようなものでした。おそらく再生委がモルガンにそういう返答をさせたのでしょう。モルガンとの契約内容が公開されれば、次はゴールドマンとなる。 それを再生委は恐れたのでしょう。

新生銀行とフラワーズ氏、そしてリップルウッド社の最高首脳で同じく新生銀行の非常勤取締役を務めるティモシー・コリンズ氏をめぐっては、もう1つ 看過できない問題があります。新生銀行はフラワーズ氏とコリンズ氏がそれぞれ実質的に経営するコンサルタント会社に対して、来年3月までに、何と総額57 億円余の巨額報酬を支払うことになっているのです。 その内訳をみると、すでに今年の3月末までに、フラワーズ氏が議決権をもつJCFマネジメントLLC と、コリンズ氏が議決権をもつリップルウッド・ホールディングスマネジメントLLCに11億1千万円ずつが支払われた。 さらにNLPの親会社にも26億9 千万円が支払われている。加えてフラワーズ、コリンズ両氏に顧問料の名目で来年3月までに、4億1千万円ずつが支払われる予定だという。新生銀行は「当行 への貢献に対する正当な対価」と言っているようですが、多額の税金を投じた日本国民としては到底納得できるものではありません。

金融再生委員会は優先株を取得して再建の手助けをしている民間金融機関に対し、経営健全化計画の提出を求めています。当然新生銀行もその義務を負う ことになる。これに基づいて、再生委は新生銀行に対し、フラワーズ、コリンズ両氏への巨額報酬が適正なものであったか、断固説明を求めるべきです。これほ ど日本国民を愚弄した話はありません。

NLPは確かにしたたかです。シティバンクの元日本代表として知られる八城政基氏を社長に据え、今井敬・経団連会長や樋口廣太郎・アサヒビール名誉 会長といった財界の重鎮を社外取締役に迎えた。おそらく、外資に対するアレルギーを中和させる役割を期待し、彼らを口説いたんだと思います。

実際のところ、今井さんや樋口さんは、新生銀行は他の銀行と歩調をあわせて債権放棄に応じるべきだった、と思っているはずです。しかし今井さんや樋 口さんがそれをいくら声を大にして訴えても、「株を持っているのは誰だと思っているんだ」と言われたら口をつぐむしかない。八城さんだって「誰に社長にし てもらったんだ」と言われれば黙ってしまうでしょう。

<2枚の交渉カード> 繰り返しますが、NLPは新生銀行の経営を長期的スパンでとらえてはいない。瑕疵担保特約が切れるまでの3年間にどれだけ儲け、その上で新生銀行を どれだけ高く売るか、という考えだけで動いているはずです。実際、彼らが3年間で元を取ろうとすれば、何だってできるのです。彼らの新生銀行に対する投資 金額は1,210億円ですが、これも株の配当率を10割にしてしまえば、あっという間に回収できる。これは法律上は可能です。 たとえそこまでしなくても、 次々と融資先企業を潰していって、瑕疵担保特約をフル活用させ、危ない債権を国に買い取らせていけば、利益はどんどん出るのです。

今、こういう新生銀行の手法を嫌い、融資先は新生銀行からどんどん離れているという。また、行員たちも優秀な人から辞め、日常の現金事故さえ多く なっている、とも聞きます。新生銀行は危ない融資先をどんどん潰してしまい、バランスシートだけは抜群によくなっていくかもしれません。しかし、優良融資 先は逃げ出し、優秀な行員もいないというのでは、本来の銀行業務で収益を上げるような力は到底持てないでしょう。 たとえ日本で本腰を据え、銀行業務をやっ ていこうと思ってもできない状態なのではないか。

事ここに及んで、さすがに政治家の間にも新生銀行にいいように振り回される現状をなんとか打開できないか、という声が巻き起こっています。与野党を 問わず、瑕疵担保特約の見直しを検討するべきだ、という趣旨の発言が相次いでいる。しかし、ただ「見直せ」といったところで、資本の論理の権化のような相 手には何ら説得力を持たない。「だって契約したでしょう」で話は終わりです。 かといって一国の政府が契約を一方的に反故にするなど、まるでかつての中国です。

私は、今さら契約の見直しなど考えるべきではないと思う。しかしそれよりも、税金の負担を小さくするために、新生銀行に対して提示できるオプションが2つあります。

ひとつは、先程も述べましたが政府保証をつけるから引当金を返してほしい、と要求すること。新生銀行がこれを断る理由は、少なくとも 表面上は、ない。実際には引当金による運営益が得られなくなるので彼らは損するのですが、そこで「あなたたちはそこまで金儲けにうるさいのか」と質問した時、彼らに「うん」と答える勇気があるかどうかです。これが実現すれば、多少は税金の負担が軽くなる。

もうひとつは、個別貸倒引当金がついている危ない債権については、最初から国が買い取ってしまうという手です。 これなら引当金というボーナスが新生銀行に渡ることはなくなる。新生銀行が呑むかどうか、難しいところですが。 瑕疵担保特約自体を見直そう、という交渉は、政府がどうしてもやるというのなら、していただいて結構だと思いますが,こればかりは亀井さんのような 強腕をもってしてもうんと言わせられるとは思えない。ただ、今挙げた2つのオプションは交渉のカードとして使える。これを断るなら断る理由を彼らは出して くるはずです。そうした時、また新たな交渉の余地が生まれるのだと思います。 不良債権の処理の遅れ、問題の先送り体質こそが「失われた90年代」の根本的な原因だと思われますから、苦しくても思い切って膿を出す政策をとるべきだったのです。 大手術によって不良債権の呪縛から日本の金融システムを解放することが、本来、金融再生法の求めていたことです。

そうすれば長銀を支えた4兆円は、あるいは仮にその金額がそれ以上に増えたとしても生きたお金、明日の日本を支えるお金になったのです。今、瑕疵担保特約のもと新生銀行に費やされているお金は、明らかに死に金です。

私はこの問題を考えるたび、やり場のない怒りと政治家としての自責の念に震えます。今、日本は世界の笑いものになっている。新生銀行はこのままでは税金で生かされておきながら税金で肥え太る「国賊」と堕してしまう。

この秋には日債銀の譲渡が控えています。先日の、久世公堯・金融再生委員長の三菱信託銀行からの利益提供をめぐる辞任騒動が示すように、政治家と銀 行とのもたれ合いが続くようでは、同じことが繰り返されるのは目に見えている。第二の国賊を生み出さないためにも、我々は今、出し得る知恵を総動員し、痛 みを伴う政策でも、未来のために勇気をもって打ち出していかなければならないのです。

2003年01月19日 (日)

●[提言]「敗者復活」社会が日本を救う    平成12年 中央公論11月 プロジェクト「新世代国家戦略」

●[提言]「敗者復活」社会が日本を救う 平成12年 中央公論11月
プロジェクト「新世代国家戦略」


山本 一太(参議院議員 自民党)
浅尾 慶一郎(参議院議員 民主党)
近藤 正晃ジェームス(マッキンゼー・アンド・カンパニー)


「リスクのないところにリターンなし」
われわれが目指すのは人々が健全なリスクをしることができ、それによって日本に夢と活力が生まれる社会である。



90年代、日本の実質経済成長率はなぜ年率0.6%という低い水準にとどまってしまったのか。この間、アメリカがなぜ1.7%という高成長を実現できたのか。
「失われた十年」と評される日本経済の低迷期、90年代の幕が下ろされたいま、「日本再生」のために本当に向き合わなければならない現実がこの 問いの中にある。


答えは意外にも単純な一言に集約される。
「リスクのないところにリターンなし」――。

つまり、日米双方の企業や個人が、この間、いかに果敢にリスク に挑み、乗り越えてきたか。そして、この挑戦を経てどれほどの競争力を身につけたのか。
その差こそが、日米経済の明暗を分けた分水嶺であり、「第二の敗 戦」とまで形容される日本経済弱体化の本質なのだ。

失敗を恐れ萎縮する日本経済。

そこに”勇気”を植えつけ、”活力”をよみがえらせるのは、まさに政治の仕事である。リスクに敢然と乗り出せる活力あ る社会の実現が求められている。
「活力ある日本」を構築するために必要な政策とは何か、それを提言したい。

われわれ、若手の超党派議員、経済人が集い、ここにプロジェクトチームを立ち上げるのは、そのためだ。

本稿は、このプロジェクトの目指す「新世代国家戦略」を具体化するための第一歩として、日本の進むべき方向を”リスク”の観点から問い直そうという試みである。


<リスクへの挑戦がもたらす経済成長への好循環>
まず最初に理解しなければならないことが一つ。リスクに挑戦するプレイヤーが増加し、市場への参入者が増えれば、競争が促進され、結果として生産性 が向上するという事実である。このことを米国のIT産業を例に説明しよう。

新規参入者が増えると、業界内での競争が活発になり、今まで以上に良い製品や サービスの提供を求められる企業は、差別化や生産性上昇のため、ITの活用を促進する。

ITを活用した企業の生産性が向上すれば、企業はコスト削減により 価格低下を実現し、競争に勝利する。
価格低下はさらなる市場の拡大をもたらし、業界でビジネス処理のために最も使われるソフトを開発したIT企業のほうもそのソフトで事実上の世界標準(デファクトスタンダード)を獲得するという好循環を生み出す。

だがこうした成功も、最初に”リスク”を恐れず挑戦する企業が現れなければ始まらない。あらゆる革新にリスクはつきものだからだ。成熟した経済では、リスクを冒して新技術・新商品・新事業モデルを開発しなければ生産性の向上は望めず、雇用も生まず、経済成長も見込めない。
逆に、新しい考えで新規に マーケットに参入する者が多ければ多いほど、飛躍的な成長も可能となる。その代表例が米国にあるコンピューターのネットワーク・インフラ・メーカー、シス コシステムズ社である。

シスコ社は1984年の開業以来急激にその売上と事業価値を伸ばし、2000年にはたった16年でこの分野における世界最大の事業 価値の企業に成長してしまった。
こうした例は、成長著しいIT分野にとどまらない。たとえば小売業でも、アメリカで売上トップ10にランクされる会社のう ち2社は10年前には存在すらしていなかった企業だ。10社のうち半数がここ10年で入れ替わっているというほどめまぐるしい興亡をくりかえしているの だ。リスクに挑戦する新規参入者が、業界の地図を塗り替えてしまったわかりやすい例だ。

競争の激しい業界、リスクへの挑戦者が多い業界ほど、ITの活用に積極的だ。アメリカではIT投資の6割はサービス産業で行われており、その中でも 最も投資量が多いのが小売業と金融業である。
小売業では、商品の絞り込みや物流の効率化にITが寄与している。これに対し、金融ではグローバル規模での取引の支援と素早い情報処理のためにITが活用されている。
これらの業界では新商品の投入や新規参入が多く、競争が非常に厳しくなっており、その中で少しで も顧客に効率的に、早く、正確にサービスを提供するためにITの活用が不可欠なのである。このように、競争が厳しい産業でITの活用が進み、その産業のさ らなる生産性向上に貢献していく。

また、IT産業自体の競争力も、その商品(ソフト)サービスを提供する相手の産業の競争力が高いほど高くなり、競争力のある企業を顧客にもつIT企業が当該産業用ITの世界標準をとる、とう傾向が強い。

医療産業を例にとると、この分野での競争が最も厳しい米国市場で50%以上のシェアを持つHBO社が開発した患者管理・医療業務処理のソフトが業界 標準になっている。
また印刷業界でも、やはり競争の厳しい米国市場で勝ち残ったアドビ社の電子文書ソフトが広く世界で採用されている。金融分野でも、 ウォール街出身のブルームバーグ氏が資本市場の競争に勝ち抜くべく開発した情報サービスが、世界中の金融市場で採用されている。
もちろん米国以外でも製造 業の生産性が高いドイツで育ち、世界に広まったSAP社や投資銀行業務で生産性が高い英国のロイター社等、世界標準を確立した企業はやはり厳しい競争の土 壌の中から生まれている。

当然のことながら日本でも、生産性が高い輸出型製造業(自動車・家電・工作機械など)を中心に先端的IT開発が進む可能性は高い。しかし、輸出型製 造業は、日本の雇用のほんの10%しか占めず、残りの90%の産業の生産性が低いため(『日本経済の成長の阻害要因』マッキンゼー・グローバル・インス ティテュート、2000年7月)、大半の産業ではITで世界標準を確立することが困難なのである。
米国経済を好況に導いた、リスクへの挑戦が競争を促し、ITの活用を促進して産業の生産性が向上し、IT企業も世界標準化する――という好循環を生 み出すために、日本はますリスクへの挑戦に向けての基盤作りが必要である。
それには、すべての日本人が健全な形でリスクに挑戦できる社会体制を構築することが、経済政策の最重要課題なのである。


以下、われわれが考える4つの柱について記述する。

<企業ではなく個人を保護し、失敗しても再挑戦できる体制>

リスクに挑戦するということは、当然ながら失敗の可能性もあるということだ。競争の結果、一部の企業は倒産し、一部の労働者は失業する。競争を促進 するためには、企業や労働者が「安心して」市場から退出できるためのセーフティネットが不可決だ。 ここで重要なのは、政府の役割は、生産性の低い企業の保護ではなく、破産した企業の退出をスムーズに行いつつ、そこで働く一人ひとりの個人をきっちりと保護し、人々が再度リスクに挑戦できる環境を作ることである。

具体的には4つのポイントが考えられるだろう。

1.失業保険給付額の引き上げ

「失業前の所得に対する失業保険給付額の割合」を国際的に比較すると、日本はアメリカよりも2割、英国よりも4割、ドイツよりも6割、フランスより も7割も低い。 ドイツやフランスのように失業保険給付額を高くしてしまうと、人々に働く意欲がなくなり、モラル・ハザードの問題を生むという側面は否めない。 しかしそれにしても、現状の日本の失業保険の給付額はあまりに低いと言わざるをえない。構造改革を断行する当初の5年ほどは、時限的にでも給付額の引 き上げを検討すべきだ。

2.個人のセーフティネット充実のための、生活保障支給率の向上

大半の国において、年収が国民平均の半分以下の場合、生活保障が支給される。 しかし、日本ではこうした人々の大半が生活保障を受けていない。なぜな ら、たとえば、本人がいくら貧しくても親戚に余裕があれば給付が受けられない等の給付条件が設けられているからである。親戚が同じ地域で助け合って暮らし ていた時代にはこうした条件にも妥当性があったが、核家族化が進み、都市で一人暮らしする人が増えた今日においては時代遅れで、実態との乖離があまりにも 大きい。 より個人に焦点をあてた生活保障体系に切り替える必要がある。個人としてリスクに挑戦し、失敗した場合にも個人として保護が受けられる、という環 境を整えねばならない。

3.個人保証なしに資金調達が可能なシステム

わが国の現行の制度では、そもそも新興企業が資金調達をする際に、間接金融の占める割合が高すぎる。新興企業であっても、社債等の負債性の資金であれ、株式等の資本性の資金であれ、直接マーケットから調達できる制度作りがまず求められる。 さらに、直接マーケットから資金調達をするには規模が小さすぎる会社についても、銀行に対して経営者が個人保証せずに資金を借りられる制度を整える ことも急務である。現在、日本では、個人保証付きの借入で失敗をした場合、経営者には再起の機会が与えられない。金利を多少高くしても、借り手企業の キャッシュフローのみをベースに銀行が貸出をするようになれば、金融仲介機能に占める、銀行自体の生産性向上にも寄与するはずである。銀行本体での無保証 での貸出をすぐに実現できないということならば、たとえば投資信託のファンドの一つとして「新興企業向け融資ファンド」のようなものを作り、預金保険の適用は受けないかわりに、高い利回りの可能性があるということで資金を集め、その資金を通常の銀行融資よりも高めの金利で新興企業に貸し出す様な銀行にとっ てのオフバランススキームを構築することも一案だろう。

4.倒産法制の整備とその周知徹底

わが国においても、倒産法制の整備が大分進んで来ている。大きな債務を抱え、どうしようもない状況に陥る前に、こうした新しい法制度を活用して会社 の債務関係を整理し、再出発ができるようにすること、そしてそうした方策があることを国民に広く周知徹底すれば、重い債務に悩んで自殺するといった悲劇も 未然に防げるのではないだろうか。 今までの倒産法制は、大正時代に制定された和議法など中小企業には使いにくく、現状にそぐわないことも多かったことからすると、和議法に代えて民事再生法 を制定する等の一連の法改正は評価出来るのではないだろうか。

<情報公開で、公正な競争と消費者満足の向上を進める>

リスクへの挑戦を実現するには、公正な市場を育成することも不可欠である。まず市場への参入が容易でなければならない。市場への新規参入がなんらか の規制により実質的に制限をされているとすれば、これを撤廃して新規参入を容易にしなくてはならないことは論をまたない。いわゆる、「規制緩和」について は、すでにさまざまな議論が行われているが、もう一つ、新規参入を阻む大きな障壁となるのが「情報」である。

ここでは、議論のポイントをその市場における 情報の開示に絞りたい。 消費者は、商品の品質と価格に関して正確な情報があって初めて、自分に適した商品を選択できる。品質や価格の情報が開示されず、品質や価格の妥当性 を評価できない環境では、消費者はブランドを頼りに商品・サービスを購入しがちである。これでは新規参入の無名ブランドは品質向上やコスト削減のための企 業努力もさして報われず、結果としてリスクに挑戦した新規参入者は圧倒的に不利な立場にたたされる。

情報の圧倒的な不足がマーケットを小さくしている例としては、日本の中古住宅市場が挙げられる。日本における中古住宅市場の規模は、アメリカの17 分の1、フランスの7分の1にすぎない。アメリカにおいて中古住宅市場が活発なのは、中古住宅の品質情報と取引価格情報の提供が徹底しているからである。 まず、品質については日本の住宅金融公庫にあたる抵当証券協会(Fannie Mae)が、全国一律の中古住宅の評価基準を作成し、これを全国の不動産鑑定士が採用している。また、取引価格についても政府がすべて公開しているため、 消費者は自分が購入を検討している中古住宅が、周辺地域の物件と比べて品質、価格がどのレベルにあるかを客観的に比較できる。

これに対して日本では、全国一律の中古住宅の評価システムがいまだに存在しない。 また、実際の取引価格については大蔵省が徴税用に情報収集しているのだが、公開していない。 結果的に、消費者は中古住宅を敬遠し、市場が育たない。 政府としては、全国一律の中古住宅の品質評価の設定を急ぎ、取引価格の開 示に取り組むべきである。このような情報開示は政府の強力な介入がないと実現しない。こうしたプロセスを通して中古住宅の市場が育てば、安価な代替品市場 の出現によって、新築住宅市場の競争が厳しくなり、新築住宅市場も活性化するだろう。

さらに、医療産業も情報開示の遅れが競争を妨げている産業の代表例である。医療分野は専門性が高いため、患者は医療機関の質や治療方法の是非を評価 することができない。正確な情報がない患者は、医療の質が高いと思われる国立病院や大学病院で行列を作ることになる。しかし、それらの大病院が本当に質の 高い医療を提供できるというのは保証の限りではないのが現状である。

これに対してアメリカでは、政府による高齢者向け健康保険制度(Medicare)がすべての医療機関にコストや生産性についての情報の公開を義務づけ、情報をインターネットで公開している。正確な情報により医療サービスの競争を促進することが狙いである。

さらに、50年前から存在する非営利の第三 者評価機関である医療施設認定合同委員会(JCAHO)は、あらゆる医療機関の医療水準(疾病ごとの再入院率)や顧客満足(待ち時間、治療の説明など)に ついて詳細な検査を行い、その認定結果を公開している。米国では患者は、これらの情報源を活用して、地元のどの病院に行けば最も質の高い医療を受けられるのかを簡単に検索できる。 病院側も、医療水準や顧客満足の向上に努めることになる。 また、情報開示が進むと、既存の医療サービスの質に疑問を抱いた医者が開業する、いわばベンチャー病院の出現も進む。ヘルニア手術において北米で最 高水準の成功率と顧客満足度を誇るショルダイス病院や、小児癌に特化して、親子ともに安心して最高の治療とサービスを受けられる体制を築いたサリック病院 等々、多くの具体例がある。 こうした新興であっても、優良な医療機関が成功するには、治療の質に関する情報開示が不可欠な要件である。

日本では医療と並び、金融業も情報公開の遅れが市場を不透明にし、既存業者のクラブ化を生んでいる。それが特に顕著なのが、消費者金融の世界である。現在、大手の消費者金融業者は平均20%以上の利鞘を稼いでいるといわれている。彼等の平均調達金利は3%前後、事故率(貸倒率)が大体三%ぐらいであるのに対して貸出金利が27%近辺であるという事実が、このような高収益体質を生み出している。この数字を銀行の平均利鞘の一%前後と比べるといかに大きいかが分かるであろう。

なぜこれほどまでに消費者金融業者が高利鞘を維持できるのかというと、消費者信用情報を彼らが独占しており、その情報を公開しな いからである。危険な借り手は誰かという情報が、仲間内だけで共有され、新規参入者には開示されない。

したがって、既存事業者は事故率を低く抑えられ、同時に競争が抑制される、という仕組みである。

<リスク管理を支援する専門家の増強> リスクへの挑戦といっても、やみくもにリスクに挑戦すればよい、というわけではない。高いリスクに挑戦するのは、高いリターンを求めるからであり、リスクとリターンとの関係を正確に評価・判断する能力が極めて重要である。

日本では、こうした判断を支援するプロフェッショナルがあまりに少なく、またそ うした人材を育てる制度も未発達である。中でも、最も急を要するのが金融のスペシャリストと弁護士の質・量両 面での強化である。

まず、金融のスペシャリストである。 銀行・証券・生保・損保といった業態の別にかかわらず、金融機関はリスクと関わり、それを管理することで収入を 得る。 そのリスクのとり方によって金融業は、リスク吸収(融資業務など)、リスク仲介(預金獲得など)、リスク顧問(M&Aなど)の三タイプに分 けることが可能である。 しかし、どのタイプであるにせよ、正確なリスク計測・管理能力を通じて企業や個人により有利なリターンを提供することが金融機関の仕事である。

日本の金融機関では、この正確なリスク計画・管理能力がないために、リスク吸収業務では貸倒が発生し、リスク仲介業務では利率が低くなり、リスク顧 問業務では顧客が不必要に高い買い物や安い売り物をさせられている。 公的資金まで投入しなければならない事態に陥っていることは周知の事実である。早急に 金融に関わるリスクのスペシャリストの育成をしなければ、わが国の金融の生産性の向上は図れない。 第二に重要なのが弁護士の増強である。 日本では、大抵の企業や個人が、何らかの問題が起こった際、弁護士に頼ることなく話し合いで物事の決着をつけようとする。 弁護士の数が少なく、司法プロセスが長すぎるからである。アメリカのような訴訟社会とは異なり、一見穏やかで望ましいようにも見える。しかし、司法のルールに則ったプロ同士の世界ではないため、どのように決着するのか予測を立てにくく、当事者にとってのリスクが高い。 たとえば、多くの法的な リスクが新事業の立ち上げ等にも伴う。専門性の高い、安価な法的サービスを提供する弁護士の数を大量に増やす必要がある。

こうした中で、最近の「ロースクール」設置の議論には傾聴に値する部分もある。 すなわち現在の司法試験およびその後の司法修習制度とは別に、ロース クール制度を設け、ロースクール修了者に対しては国家試験後の司法修習を免除するというものだ。 これによって多くの法曹関係者を多様な観点から生み出すことが可能となり、結果としてよりよい法曹サービスを国民が享受できる可能性が高まるかもしれないからである。

<教育の中で挑戦者をロール・モデルとして示す> 最後に、リスクへの挑戦を肯定し、競争を歓迎する社会を実現するためには国民の大きな意識改革が必要だ。 教育の中で、リスクへの挑戦と公正な競争の 重要性を理解させることが重要である。そもそも、日本の教育では、リスクに挑戦した起業家の評価が著しく低い。営利活動というだけで過小評価されがちとい うこともある。 しかし、大多数の日本人が、民間企業で営利活動に携わっているのである。今学生である若者も将来は大多数が営利活動に関わることになる。彼らが勤めるであろう民間企業が生産性を上げることで既存の商品の価格は下がり、新しい商品が開発され、労働者の所得は上がり、国全体が豊かになっていく。

大多数の人間が関わる、社会的にきわめて重要な活動をネガティブに捉えるような社会には、経済活動における真の活力は生まれにくい。

教育はもっと現実味のあるロール・モデルを子供や若者に提供すべきである。 教科書で扱われる伝記の中でも「経済人」の数は驚くほど少ない。たとえば、戦後の日本経済発展の寵児であった松下幸之助氏の生涯なども、アジアやアメリカのビジネススクールの学生たちのほうが、日本の学生よりもよく知ってい るというのが実情である。

日本がアジアの中で最も早く先進国入りできたのは、数多くの起業家によるリスクへの挑戦があったからである。 そうした姿をもっと 若者に伝えていくべきである。もちろん、人にはさまざまな価値観があり、経済的な成功だけが社会における一つの人生の価値や評価を決めるものではない。 しかし、フェアな競争を勝ち抜き、成功を掴んだ人を嫉妬し、足を引っ張るような風潮からは、健全なリスクを求める「挑戦者」は生まれ得ない。 成功した人の努力や知恵を正当に評価、賞賛し、自らの人生の刺激として受け止められるような社会を作る必要があるのではないだろうか。

われわれが目指すのは、人々が健全なリスクをとることのできる社会、それによって日本に夢と活力が生まれる社会である。

人々が果敢にリスクにチャレ ンジすることを可能にするシステムの構築と失敗を許容するセーフティネットの整備を通じ、「誰にでも何度もチャンスがある社会」を作りたい。

「リスクへの挑戦」――これが日本経済の競争力を回復し、日本を再生するための戦略的切り札であり、そのための体制整備を早急に行う必要があることを重ねて強調したい。

2003年01月19日 (日)

●[特集] 官僚の「無謬性」こそ最大の弊害だ   平成12年10月Voice

●[特集] 官僚の「無謬性」こそ最大の弊害だ
(平成12年10月Voice)


官僚主導から政治主導への転換が唱えられて久しい。
しかし、筆者が実際に国会で経験していることから考えると、まだまだ行政の実務は官僚が動かしているといっても過言ではないだろう。

官僚主導そのこと自体の是非とは別に、官僚組織主導ということから生じる「無謬性」に対する固執と、そのことが変化の速い現代にもたらす問題点について論じる。

官僚組織は基本的に自分たちには誤謬・誤りがないかのように振る舞い、反駁する意見や代案に対しては耳を貸さない。国会で官僚の答弁を聞いていると、問題は霞ヶ関の人間が解決するから外から余計な口出しをするなというような意識をいまだに根強く感じさせられる。
グローバル化の流れのもと全国の叡智がつねに求められる現在において、この「無謬性」に対する固執は、わが国行政の大きな足枷となる。以下、いくつか筆者が国会において政府に指摘をしてきた 具体例に即して議論を展開する。


<外部の提案を採用しない政府>
昨年来の長銀、日債銀の破綻とその売却処理にからむ問題、そしてそごう問題は、いくつもの具体例を提供する。政府は、いわゆる「そごう」問題に際し て国民のあいだで大きな不公平感、不満感が表明されたときに、その原因となった瑕疵担保条項を結ばざるをえなかった理由を、長銀を一時国有化した際の根拠 法規である金融再生法の不備のせいにしようとした。

あたかも、金融再生法が議員立法であり、しかも野党案をベースに与党でも若手のいわゆる政策新人類が関与して作成したからこのような不備があるの だ、当時の大蔵省が用意したもとの法案を採用していればこのようなことにはならなかったという態度を言外に示している。政府が金融再生法の不備として挙げ るのは、そこに二次損失に対する規定がない点、ロスシェアリングルールの考えが盛り込まれていない点である。

しかし、私は、昨年七月の参議院金融経済特別委員会審議の段階で、長銀の売却について「今回の件に関していえば、どう考えても追加の損失が発生する可能性がある。将来のためにも、ロスシェアリングルールを入れる方向性で法改正をしたらどうか」と提案した。

この提案に対して、当時の金融再生委員長である柳沢伯夫氏は、金融再生法は資産判定をベースとしているのでロスシェアリングの考えは採用しない、と答えた。
言い方を変えれば、政府は「われわれは資産判定を厳密に行い、きれいな債権のみを承継銀行に残すので譲渡後の二次損失は発生しない」ともとれるような発言をしていたのである。
この考え自体は金融再生法の趣旨に合致しており正しい。破綻した金融機関の資産から不良債権を取り除き、きれいな債権のみを残せば、瑕疵担保条項を付けずにもっと高い値段で長銀も日債銀も売却できたであろう。

だが、私には政府がすべて疑わしい債権を除去できるとは思えなかったので、ロスシェアリングを入れることを提案したのである。

結果がどうなったかといえば、ご案内のとおり、長銀譲渡後すぐに、ライフ、第一ホテル、そしてそごうと連続して破綻している。
そこで、ロスシェアリングをなぜ入れなかったのかとあらためて尋ねると、彼らは答えられない。現在の金融再生委員長である相沢英之氏は「野党が議員 立法としてつくった法案を、すぐに改正するのはどうかという判断もあったのではないか」という、理屈の通らない答えをした。
法律をよく改正するのに与党も 野党もないし、百歩譲って野党への配慮があったにしても、野党であるわれわれが改正を提案したのだからどう考えても理屈が通らない。

そもそも、政府が主張するようにロスシェアリングの規定が再生法にないからその考えを採用しなかったというのも、論理が通らない。それならば、瑕疵担保条項に関しても、そのような条項は再生法のどこにも盛り込まれていなかったのである。

長銀の譲渡契約は形式上、預金保険機構、長銀、そして買い手であるニューLTBCパートナーズの三者のあいだの私的契約の形をとっている。そして、 金融再生法に二次損失の定めがないことを理由に、民法の瑕疵担保の法理の一部を契約のなかに盛り込んでいる。しかし、瑕疵担保は契約において事前に譲渡後 の損失について特別に定めていない場合に援用されるものである。

民法は、契約において事前に譲渡後の損失について定めがない場合で、その損失の責めが売り手側に帰する場合に、契約に隠れたる瑕疵があるとして現契 約を解除するか、損害賠償を買い手が請求できるとしている。つまり、長銀の譲渡契約に特別に定めなくても、民法の法理に従って譲渡後の二次損失について政 府がロスシェアリング的に損害賠償をすることも可能であったのである。さらにいえば、民法は私人間で事前に二次損失について契約上分担割合を決めることを いっさい禁じていない。

したがって、金融再生法に規定がないからロスシェアリングの概念が盛り込めないのではなくて、譲渡契約のなかでこの考えを盛り込むこともできたのである。この点に関して、8月上旬の参議院の財政金融委員会において、法務省も民法解釈において間違いがないと認めている。

そもそもなぜロスシェアリングのほうが今回の瑕疵担保条項よりよいか簡単に述べておく。ロスシェアリングの考えはアメリカにおいて80年代後半から 90年代初頭の金融問題に際し使われた方式で、譲渡後の二次損失についてあらかじめ定めた割合で国と買い手が損失を分担するものである。二次損失が発生すればいくばくかの損を買い手も被るとなれば、損失を最小化しようと努力するインセンティブが働くのである。
しかし、現行の瑕疵担保のもとでは、たとえば15%の損失が発生したとすると、それを20%以上にして国に買い取らせようという方向にインセンティブが働くので、国と買い手の損失に対するベクトルが合致しないのである。

政府がこちらの提案を薄弱な根拠で取り上げなかった例はまだある。

たとえば、金融早期健全化法等に基づき政府は大手の金融機関の資本増強のために公的資金によって、それら金融機関が発行する優先株を引き受けてい る。これらの優先株と金融機関の株主がもつ普通株との関係について、私は減資を行う際には、普通株の消却を公的資金を財源とする優先株より先に行うこと を、優先株の引き受けに際しての条件とすべき旨提案した。

それに対して政府は、そのような条件を定めることは「株主平等」の原則からしてできないと答弁した。 しかし、政府が取得する優先株は議決権をもたないので、そのぶんだけ経営に対し距離がある。

減資は基本的に経営の失敗があった際に行われるものであり、私は経営責任に距離のある優先株を普通株と同列に扱うのは適当ではないと考えたので、商法の第一人者である東京大学の神田秀樹教授にも意見をいただいたところ、先生も私と同意見であった。 国会で神田先生の意見も踏まえながら再度政府に優先株 取引き受けの条件について問うと、政府側は次のように答えた。

「株主平等の取り扱いに関しては、浅尾議員がご指摘になった神田教授のようなご意見も有力に存在するだろうし、ほかにもそれに懐疑を呈する見解もある」(谷垣禎一国務大臣)

しかし、再三の私からの求めにもかかわらず、具体的に政府の見解をサポートするような学説は、その提唱者も含めて最後まで提示できなかったのである。

普通株と優先株をきちんと区別し、公的資金(税金)に支えられた優先株を保護して、普通株から先に減資していくのは、国民の財産を守ることにつながる。

商法222条第3項には、会社が何種類か別の株式を発行している場合には、資本減少の際に別の定めができるということが書かれている。株主総会で定款の変更を行えばすむことである。 にもかかわらず、「株主平等」ということを間違えて解釈し、普通株の消却を先に行おうとしないのは、どうにも理解できない。実際のところは、すでに 普通株も優先株も減資の際には同じに取り扱うということで銀行側と話をしたので、これを変えたくないというのが本音であろう。 あとから国会議員に「技術的」なことを指摘されたから変えたというのでは彼らの面子に関わるということかもしれない。 これなども、「無謬性」にとりつかれた官僚的思考の大きな弊害 だと思う。

<情報開示に対する意識の低さは深刻> 今後、政治家が政策決定の細部に関与しながら、その決定過程を公表することにより、政治の透明性を高めていくことがますます求められてくる。しか し、決定過程を透明にしようという積極的な動きは官僚機構からは見えてこない。 今回の長銀、日債銀の売却を例に行政の透明性に対する認識について、以下に述べる。

金融再生委員会は「透明性を高める」という理由で、長銀および日債銀の売却に際してフィナンシャル・アドバイザー(F/A)を雇った。国民の税金によって、長銀売却についてはゴールドマン・サックス、日債銀についてはモルガン・スタンレーがF/Aとして雇われた。申すまでもなく、彼らは財務のプロである。 であれば、高額の報酬を受けたであろう彼らが、プロとしての責任を今回の売却交渉に際して十分に果たしたかどうか、知っておく必要があるだろう。換 言すれば、国民負担が最小となるように、さまざまなケースを想定してアドバイスを政府にしたか検証する必要がある。

私は金融再生委員会に、長銀とゴールドマン・サックスとのF/A契約の内容の開示を求めた。 これに対して柳沢再生委員長は「ゴールドマン・サックスとのあいだで守秘義務がある」と答弁した。 しかし、ここでいう守秘義務とは契約上で定められたものではなく、国家公務員法により、相手の拒否している情報は出せないといっているだけのものである。

企業買収に携わる金融機関にとってごく普通の契約内容を開示することで、いったいどのような不都合が生じるのか、まったく不明である。 そして、日債銀とモルガン・スタンレーとのF/A契約開示について、私はモルガン・スタンレーの東京支店長テリー・ポルテ氏が「いつでも契約に関す る情報を提供したい」といっているという話を、友人経由で偶然にも耳にした。そこで、直接本人に確認をしたところ、彼は「間違いなく開示する」と答えた。

にもかかわらず、国会で政府側はこの件に関して「いつ開示するとはいっていない。いまは開示するのに適当な時期ではないと判断している」ので明らかにできない、と答弁したのである。

情報開示意識の低さは深刻で、昨年3月期の長銀や日債銀の決算短信には、その前の期まで出されていたアニュアルレポートや有価証券報告書に載ってい た営業経費の細目、役務取引の状況についての報告が記載されていない。一般の人々が関心を持つ資産の保有量、社宅の保有状況を示す数字もない。

一方、破綻金融機関の処理のために講じた措置の内容に関する計画書には、営業経費の削減計画なども詳細に書かれていた。計画に書かれていた内容が、報告にないというのはどういうことなのか。

<自治体ごとの1人当たり納税額がわからない> 問題は金融のみではない。今後地方分権の議論をするうえで、税源の地方移譲ということが大きな問題となってくることは間違いない。その際、移譲され る税源の最有力候補の一つが所得税であるとも申すまでもない。 であれば、いま現在自治体ごとに一人当たりでいくら所得税を国に納めているかのデータが必須 となる。

しかし、このデータがないのである。私は早急にかかるデータが取れるようにするべく提言したが、いっこうに政府は動こうとしない。 地方交付税交付金は、自治体間の財政を均衡にしようとする目的で設けられた。しかし、現在交付を受けていない都道府県は東京都のみである。47ある 都道府県で、一つしか地方交付税交付金をもらっていないという現状は、交付税制度の破綻を意味しているのではないか。つまり、地方自治体の税源がいま以上 に厚くなるよに税源の地方移譲を真剣に議論すべき時期に来ているのである。

多額の税金を納めているのに、自分の住む自治体に少額しか国から戻ってきていないという不満が、多くの都市住民のあいだにある。私が住む神奈川県の 県民一人当たりの地方交付税交付金と国庫支出金は、約37,000円と47都道府県中最も少ない。 同一人当たりの額が最も多い島根県(約430,000 円)と比較すると、じつに10倍以上の格差が生じている。これだけを見ると明らかに不公平とも思える。 しかし、もしかしたら、島根県の人のほうが、一人当たりははるかに多くの所得税を国に納めており、それがたんに戻ってきているだけかもしれない。あるいは、逆に、神奈川県民のほうがはるかに多くの税金を国 に納めているとすれば、表面の10倍の格差以上に不利な取り扱いを神奈川県民は受けているといえることになる。いずれにせよ、いくら国から税金が地方自治 体に戻ってきているかのデータはあるものの、その前段のいくら国に払っているかのデータはないのである。

給付と負担の割合を知るうえでどうしても欠かせない、自治体ごとの一人当たり所得税納税額について大蔵省に問い合わせたところ、大蔵省側は、「申告 納税の場合、納税申告書は納税者控-国税用-市町村用の3連式になっているので、市町村のほうで集約してもらったらどうか」「源泉徴収分については、たと えば神奈川県に住んでいる人でも、勤め先が東京都の場合があり、その場合、源泉徴収義務者の所在地と納税者の居住地とが合致しなくてデータを把握できな い」などという理由で、これを拒否したのである。

しかし、各納税者のデータがそれぞれコンピュータ内に登録されているのならば、住所にフラッグ(基準)を立てて検索し、集計するのはけっして困難な作業ではないはずだ。

繰り返しになるが、現在、地方分権と税財源の移譲が、政治の重要な検討課題になっている。そのなかで、所得税の移譲のシュミレーションを行おうとした際に、ある自治体の住民が1人当たりいくらの税金を納めているかは、押さえておくべき基礎データだ。 国税と地方税の比率を考え、国家財政の運営を適切にはかるうえで、1人あたりの納税額は多少のコストはかかっても明らかにしなければならない数字 だ。それをいまだに算出していないのは、何かしらデータを出したくない理由があると疑われても仕方がない。何より、税務署側のコストだけを強調する姿勢か らして、彼らが納税者のほうを向いていないことがわかる。税が民主主義の基本であることを考えるとこれは重大な問題だ。

<結果に対し責任をとり、とらせる政治を> これらは一例にすぎないが、私が真に恐れているのは、変化の激しい時代にあって、役所のなかだけで物事を決めていこうとする官僚の論理によって、国の考えや方向性が固まってしまうことだ。 世界中がドッグイヤー(犬の年齢)のスピードで変化しているなか、日本の政治だけが変化についていけなくなる。情報がオープンである市場経済の世の中でディスクロージャーを拒否するなど、もってのほかである。 IT時代の変化に対応する政治が必要とされる。 その意味で、たとえば時限的な行政委員会である金融再生委員会は、その試金石として有効に活用しなければならなかったはずだ。さまざまな分野の専門 家が委員として入るのはよいが、委員の力だけでは限界がある。結果として、事務局員を多数派遣している大蔵省の考えに抑えられてしまった。 大蔵省の職員は 1万人以上いるだろうが、その組織のなかに大蔵省によって採用された人以外の人が、大臣と2人の政務次官のたった3人しかいない現状はいかがなものか。どうしても組織の論理が勝ってしまうのではないか。やはり、局長に相当するような重要ポストにまで、官僚以外の人が入り、かつ任期と権限そして責任を明確にして行政を運営する必要があろう。

日本は、人的関係を重視する国から結果責任を求める国に変わるべき時期を迎えている。90年代の10年間で、企業はたいへんなリストラを行いながら も、なおなかなか収益が上がらず、株主に十分な配当を行なえていない。 にもかかわらず役員の誰も責任をとろうとしない。 これまでの、日本社会が、企業に結 果責任を問うてこなかったからである。

同様に、今後は政治にも結果責任を求めなければならない。そのためには現行の大臣の任期は短すぎる。3年程度の任期のあいだに「これだけは成し遂げる」という大きな目標を掲げさせて、その達成を1年後、2年後と審査しなければ、誰も結果に責任を負わず、たんに世の中の流れに合わせて行政をするだけになってしまう。 そして政治家が掲げた目標達成に向けて役所を動かすことができるように、せめて局長クラスくらいまでは外部の民間人も含めて任用できるようにするべきである。

もちろん、そのためには社会全体で労働市場の流動性を高める必要があるが、そうして初めて、選挙で掲げた公約を達成できなかった場合に 結果責任を問うていく政治家が実現できるのである。

2003年01月15日 (水)

成人式に参加して

本日は成人の日。私もいくつかの成人式の式典に参加した。私が参加した式典では、多少の私語はあったものの全体的には落ち着いた雰囲気の中での成人式であった。そして、新成人の顔を見ながらふと、今日から20年後の日本はどうなるかについて考えてみた。

20年後の日本を考える場合には、まず20年前の日本と現在を比較して、そこから20年後の日本を考察する手法が考えられる。20年前の人口が1億1,953万人、現在の人口が1億2,751万人。日経平均株価は1983年1月13日の終り値で8,099円。今日現在が8,470円。GDP成長率は2.3%から1.7%に低下。失業率に至っては2.0%から5.0%へと倍増している。以上を単純にプロットすると、人口は1億3,549万人に増え、日経平均株価は8,841円に上がり、経済成長率は1.1%に落ちて、失業率は8.0%になるという計算になる。しかし、ご存知の様に、出生率の低下により、2007年から人口は減少に転じるので、人口は1億2,000万人台をかどうかということであり、成長率も昨年の輸出の特殊要因を除けばゼロ成長であるので、1.1%もいかないということになる。

いずれにせよ、現状のまま推移すれば状況は暗いということは分かりきっている。しかも、既に改革の為の処方箋も出尽くした感があり、あとはそれを断行する意思が我々にあるかないかということではないだろうか?外国から観察するとそのことはより明確だから、世界の多くの国は、日本にはもはや改革の能力がないと思い始めている。だからこそ、具体的な改革を断行して世界を驚かせなくてはならないし、そうしなければ、海外から我が国は相手にされなくなる。

その為には、既得権と関係のない人達が、まさに本日成人式を迎えた様な人々も含めて、一斉に投票に行くことが必要であるといつもながらと思うのである。

長期的な改革のキーワードはやはり教育と特色ある地域社会の創設だと思う。今後の人口減少を考えたら一人一人の能力を最大限に発揮する教育は必要だ。また、田中角栄氏依頼の「国土の均衡ある発展」という概念のもとでは地域間の切磋琢磨もないし、特色ある地域社会を作ることも出来ないので、この際思い切った税財源の移譲も必要と考える。短期的には、もちろん金融・経済の構造改革が必要だが、長期的には上記の方がより重要だろう。
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