あさお慶一郎(衆議院議員 神奈川4区)

湘南の風

●論座 改革の旗手はなぜ変節したのか 柳沢・金融行政を検証する   2002.10 論座

2003年10月19日 (日)

●論座 改革の旗手はなぜ変節したのか。柳沢・金融行政を検証する (2002.10 論座)


浅尾 慶一郎(民主党参議院議員)
大塚 耕平(民主党参議院議員)


ここに一冊の雑誌がある。
金融専門誌として定評のある『金融ビジネス』の1992年5月号、10年前のものだ。
この号に不良債権問題を取り上げた記事がある。

タイトルは「日銀内部資料が告発する極限状況、乱脈の果て『30兆円』の不良債権」。
5頁にわたる特集記事の骨子は、以下のとおりである。


日銀が91年11月ごろに作成した内部資料によれば、金融機関の不良債権 の規模は29兆円に及ぶ。業態別の内訳をみると、都銀11兆円、長信銀5兆円、信託銀行5兆円、地銀4兆円、第二地銀3兆円、信用金庫1兆円となっている。
しかし、この数字は日銀からのアンケート調査に応じて金融機関が自己申告した延滞債権額に過ぎない。金融機関が当局に睨まれるような数字を正直に自主 申告するとは思えず、29兆円はかなり過小申告された規模と推察される。不良債権額の実態は、申告額の2倍以上に及ぶという見方が有力だ


当時、日銀にいた大塚は、この数字を集計する作業に関わったひとりである。集計作業の過程で規模の大きさに驚いた ばかりでなく、名寄せされた融資先の名前に戸惑った。
クラウンファイナンス、ナショナルリース、エスポといったノンバンクや聞きなれないカタカナ企業が 「番付」の上位を占めたほか、東京佐川急便、日貿信、桃源社等々、その後マスコミを賑わした融資先が並んでいた。
とりわけ「尾上縫」という融資先名には当惑した。
言うまでもなく、日本興業銀行が多額融資を行っていた料亭の経営者である。「天下の興銀が個人に数千億円も融資するはずがない。尾上縫製といった 企業名の間違い(脱字)ではないか」。
こんな会話を同僚と交わしたことを鮮明に記憶している。

その後の推移を見ると、『金融ビジネス』の記事が的を射ていたことが分かる。92年から2001年までの十年間の 不良債権処理額は、金融庁と各行の公表資料から確認できるだけでも実に81.5兆円に上る。
しかも、この金額には信金、信組等の処理額は含まれていない。 全金融機関を対象にすれば、10年間の不良債権処理額は百兆円近くに及ぶ。
それでもなお、本年3月末のリスク管理債権残高(都銀、長信銀、地銀、第二地 銀)は42兆円と過去最悪の水準を記録した。摩訶不思議としか言いようがない。

金融行政当局は、過去10年いったい何をやってきたのか。
旧大蔵省銀行局が護送船団方式の下で検査・監督を行っていた時代は論外としても、過去との決別を目指したはずの金融監督庁発足以降の金融行政について、なぜ不良債権処理が進まなかったのか検証する必要がある。

称賛でスタートした「柳沢路線」
旧大蔵省の財政・金融一体運営の弊害を是正するため、98年6月に金融監督庁が発足し、12月には金融再生委員会 が誕生した(金融監督庁と金融再生委員会は、2001年1月に統合して金融庁となった)。以来、6代(5人)の金融再生委員会委員長、金融担当大臣が登場 した。初代と現在(第6代)は柳沢伯夫衆議院議員であり、98年12月にこのポストができて以降の三年九カ月のうち、在任期間は通算2年8カ月に及ぶ。

不良債権問題をめぐる金融行政の功罪を論じるうえで、柳沢伯夫金融担当大臣の評価は避けてとおることはできない。 柳沢大臣については、秋に想定される内閣改造で交代することも予想されるが、その前に柳沢金融行政の総括をしたい。
過去の誤りをうやむやにしたままでは、 金融行政の本当の改革など不可能だろう。

まず、出発点に立ち戻ってみたい。初代金融再生委員長に就任した柳沢大臣は、大手行への一斉検査の結果を受けて、 資産内容が極端に劣化している金融機関については大胆に処理することを明言した。
例えば、99年1月5日の朝日新聞紙上では「護送船団(方式)はダメだ。 継続性という理由で護送船団方式を続けては、(金融)再生法の自己否定になる。ペイオフは、混乱するかも知れないから延期するというようなものではない」 と述べている。関係者から得た情報によれば、債務超過と見られていた大手都銀を破綻処理する意向すら固めていたという。

柳沢大臣のこうした姿勢は、日本の金融行政の先送り体質に辟易としていた諸外国の政府関係者やマスコミには極めて 新鮮に映った。「金融監督のもっとも尊敬されるリーダー」(英エコノミスト誌)、「柳沢は日本と外国金融機関の平等な競争機会をつくった」(米バンカー 誌)等々、欧米のメディアは柳沢大臣を称賛した。銀行が赤字決算になっても、直接償却等によって不良債権の最終処理を迫る柳沢大臣の手法は「柳沢イニシア ティブ」(柳沢構想)と呼ばれ、日本の構造改革の象徴と受け止める向きさえあった。

だが、柳沢大臣に対する称賛は長続きしなかった。
金融監督庁による一斉検査は銀行と監査法人の甘い自己査定並びに監査結果を突き崩せず、検査結果は従来の延長線上を越えることができなかったからである。
断固とした姿勢で不良債権処理に臨むという柳沢大臣の構想はつまづく。
柳沢大臣の変化を示す例として「不良債権横串論」への対応を挙げたい。本来、同一企業の査定が銀行間で異なるのは おかしい。
実際には情報量の差や見方の違いで銀行間の査定が異なることはままあるが、特定企業へ過大な貸し出しを行ったメインバンクが自己査定を甘くし、 引当金を十分積まないことが問題視されている。
横串を入れるように査定を統一していくことが検査の重要な役割である。

この点に関しての浅尾の質問に柳沢大臣は「当初は横串を入れることに賛成していたが、自由主義経済のもとで企業に対する見方が銀行間で異なっても構わないのではないか」と国会で述べている。問題は恣意的に甘い査定であり、理屈を付けて容認する大臣の姿勢である。

変化の背景には、いくつかの理由が推察できる。
第一は検査当局の力量不足、人員不足、第二は金融システム全体の動揺に対する配慮、第三は銀行業界からの圧力、第四は事務方の問題先送り体質である。

この検査直後(99年3月)に大手15行に対して総額7兆5,000億円に及ぶ公的資金注入が行われた。柳沢大臣 は国会で「公的資金注入が必要ということは、事実上、対象銀行がBIS規制をクリアできていない、債務超過に陥っているということではないか」と何度も追 及されながら頑として認めなかった。
結果的に「健全な銀行をより健全にするため」という「一大国家的フィクション」が作りあげられてゆく 。

検査結果を無視した公的資金注入
99年3月19日の衆議院大蔵委員会において仙谷由人議員が「金融健全化法によれば、公的資金注入の前提は対象銀 行が健全であることだ。しかし、注入対象行の一部は、金融庁の一斉検査基準に基づくと自己資本比率が事実上8%割れしており、健全とはいえない。法律違反 ではないか」という趣旨の質問を行った。これに対して、森昭治・金融再生委員会事務局長(当時)は「直近期の(1998年)9月のBIS基準による自己資 本比率によって健全行かどうかを定めた」と明言している(木村剛著『粉飾答弁』から)。
金融再生委員会は検査時に自らが定めた査定基準を適用せず、過去の決算内容に基づいて「健全銀行」か否かを判定し たという。それでは、公的資金注入の直前に実施した一斉検査は何だったのか。

答弁の内容は驚くべき話である。

検査の結果とは関係なく、実質的には自己資本 比率が8%未満の銀行が全て「健全銀行」と認定され、公的資金が注入されたのだ。

要するに、一斉検査は「検査を実施し、健全行であることを確認したので公 的資金を注入する」という虚構を構築するセレモニーにすぎなかったことを、行政の当事者自身が認めたことになる。

ある金融庁関係者は「あの時のやり取りは、事務方が最も緊張した質疑だった」と述懐している。

長銀、日債銀の処理に際して導入された「瑕疵担保特約」についても、虚構がある。
両行売却時に「瑕疵担保特約」を 導入したこと自体が、公表されていた両行の資産内容に「瑕疵」がある可能性を認めたことにほかならない。資産査定の公表内容が真実であれば、「瑕疵担保特 約」や「ロスシェアリング」などの二次ロス対策は必要ないはずだ。「瑕疵担保特約」なしでは、リップルウッド等の買い手は現れなかったと見るべきであろ う。

金融再生法によれば、特別公的管理銀行(一時国有化された銀行)の資産は、そのままリップルウッド等に継承すべき 健全資産と、整理回収機構(RCC)に引き渡されるべき不健全な資産に分けるとされていた。「RCC送り」=「退場」=「倒産」というイメージが定着し て、「RCC送り」になるか否かが借入企業にとって重大関心事であった。そのため、経済産業省や一部の政治家は、関係の深い企業が「RCC送り」になるこ とに強い抵抗を示した。金融庁は資産査定を意図的に甘くして、不健全な資産もリップルウッド等に継承するのではないか、その際の「持参金」として多めの引 当金や「瑕疵担保特約」を付けているのではないか、という疑念が高まった。

浅尾がこの点を国会で柳沢大臣に質したところ、大臣は「そうしたことはあり得ないし、仮に引当金を増額するようなことがあれば、個別の企業名も含めてなぜ そのような措置を取ったかを明らかにする」と明言した。しかし、実際には、長銀をリップルウッドに譲渡する段階で引当金が五千億円も増額されたにもかかわ らず、増額理由や対象企業名について何も明らかにされないままだ。
なお、予想したとおり資産査定結果がいい加減であったことは、漏洩した日債銀の資産判定リストで明らかになった。筆者たちは当時から、こうした甘い資産査定は、結果的に国民負担を増大させる可能性があると危惧していたし、今後も責任を追及すべき問題だと考えている。

<柳沢・森コンビの一致点>
それでも、初代金融再生委員長時代の柳沢氏は、日本の金融システムを再生しようとする使命感を持ち、曖昧な答弁の中にも良心の断片を見せていたと思う。
しかし、第2代から第5代の担当大臣は、「手心発言」の越智通雄氏を筆頭に、守旧派として不良債権問題をひたすら先送りするか、またはリーダーシップを発揮することなく唯々諾々と事務当局の言いなりになっていた。

そこで昨年一月、柳沢大臣の再登板となった。
「強腕」柳沢大臣に再登板してもらわなくてはならないこと自体が、不良債権問題が前進していない証左である。
しかし、再登板の柳沢大臣には弱点があった。
99年3月期の公的資金注入によって、不良債権の間接償却は完了し、 大手行の過少資本問題は解決したという建前を維持する必要があったのだ。

この局面で存在感を増したのが事務当局のトップ、森昭治金融庁長官である。

森氏は98年12月以降、金融再生委員 会の事務局長を務め、一貫して金融行政の中枢にいた。
金融庁関係者の話によれば、森氏のシナリオは、大手行が資本不足に陥り、公的資金再注入が必要となる ほどの厳しい監督指導(資産査定等)は行わないが、債務超過に陥っている象徴的な大企業をいくつか破綻させ、金融庁は厳格な姿勢で不良債権問題に臨んでい るという「ポーズ」を示すというものであった。
いかにも官僚的な発想である。
こうした姿勢を一部の関係者は「森イニシアティブ」と呼んだ。
先に述べた「柳沢イニシアティブ」と「森イニシアティブ」は、その基本的志向性が全く正反対である。

にもかかわらず、問題先送りという点で、両者は一致した。

前者は、本音では厳格な不良債権処理を志向しつつも、不良債権問題の深刻さに立ち竦んで、実態は弥縫策に終始 せざるを得なくなってしまった。
一方、後者は、本音では前例踏襲的、漸進的な対応を志向しつつ、表面的には果断に金融行政を行っているかのように振る舞った。
柳沢氏は「森イニシアティブ」を一蹴することが可能であったはずだが、結局、同じ落とし所を選んだ。
昨年4月の緊急経済対策に盛り込まれた不良債権の処理方針を見ると、両者の妥協した姿がうかがえる。「破綻懸念先」債権と「実質破綻先」債権を不良債権と定義し、大手行に対してその最終処理を2~3年以内に行うことを求めたものだ。

しかし、不良債権の多くは「要注意先」に分類されている。
それを定義に含んでいない以上、事態は改善されない。この方針が虚飾にまみれていたことは、「要注意先」に分類されていたそごう が長銀の譲渡直後に倒産したことや、同じくマイカルが昨年8月に倒産したことではっきりした。

<ダイエー問題が転向の契機>
じりじりと後退を続けた再登板後の柳沢大臣は、ダイエーに代表された過剰債務企業の処理方法をめぐって、事実上の 守旧派に転向した。弥縫策に終始するうち、不良債権問題解決のめどが全く立たなくなり、99年の公的資金注入の責任論を回避したいという気持ちが強くなっ たのであろうか。
国会で対峙したわれわれから見ても、このころから明らかに改革意欲を失っていた。
ダイエーの再建案では、産業再生法という「打ち出の小槌」を持ち出して、経済産業省の利権確保に手を貸すこととなった。 多くの企業関係者は「産業再生法を恣意的に運用して特定の企業だけを温存するようでは、日本経済の構造改革は進まない」と指摘している。 デッド・エクイティ・ファイナンス(債務の株式化)を多用し、多くの企業債務の株式化を推し進めようとする手法に も問題がある。

一時的には不良債権が減少し、当該企業のために積み立てていた貸倒引当金を他の不良債権処理に流用することもできるからだ。 一見、妙案のように思えるが、対象企業の収益体質やバランスシートが改善しない限り、問題の先送りにほかならない。 時価会計が導入された現在では、株価がデッド・エクイティ・ファイナンス実施時の水準を下回る場合には損失計上を迫られる。 こうした弥縫策、問題先送り的対応によって、結局、今年4月のペイオフ部分解禁まで に問題金融機関を整理するという方針を完遂することができず、かなりの数の破綻予備軍を残したと考えられる。 特別検査の結果と同時に発表された「より強固な金融システムの構築に向けた施策」は、より明確な「先送り宣言」と も言える。

すなわち、間接償却を適切に行うと多くの金融機関が過少資本に陥るため、毎年の業務純益の範囲内でしか間接償却は行わない。 しかし、当該方針で は不良債権処理に相当長い時間がかかるため、金融機関の合併統合を促進するという。しかも、合併支援のための公的資金注入は不良債権処理のための公的資金 注入とは異なるという。これは明らかに詭弁だ。

詭弁と言えば、7月30日に小泉首相が指示したペイオフ全面解禁の再々延期問題もある。小泉首相は「ペイオフ制度 は予定どおり解禁するが、決済性預金は全額保護する仕組みを作る」という方針を発表した。秋の臨時国会で争点となることが予想されるが、これほどの詭弁は ない。「預金を全額保護しない」のがペイオフ制度であり、「預金全額保護のペイオフ制度」というものは存在しないのだ。

全額保護の新しい決済性預金を作るというアイディア自体は否定しない。しかし、そうであれば、不良債権問題と金融機関の経営体力について事実を明らかにしたうえで、善後策として堂々と新しい政策手段にチャレンジすべきである。 そもそも柳沢大臣は「4月にシャッターが 開いている金融機関は全て安全だ」と宣言したはずではなかったのか。

<新段階に入った不良債権問題> 金融行政が迷走を続ける中で、不良債権問題は深刻化しており、いまや新たな段階に入ったといえる。 業種別の貸出統計をみると、バブル期に貸出残高が急増したのは、いわゆる3業種(ノンバンク、建設、不動産)であり、これがその後に続く不良債権問題の根底にあった。 そのうち、92年3月末に74.5兆円に達していたノンバンク向け貸出残高は、2001年3月末には38.7兆円に低下しており、ノンバンクの不良債権問題はかなり解消されたといえる。

ノンバンクの不良債権処理が進んだ時期を第一段階とすれば、第二段階は、その他の業種に属する企業のバランスシー ト調整に伴う不良債権問題が顕現化した時期である。 三業種のうち残された建設、不動産業に加え、小売、観光業等のサービス産業を含む非製造業全体が過剰債 務問題に直面した。バブル期に借入に依存して投資を拡大した結果ではあるが、その後の不況とデフレによって問題の深化が進んだ。

この企業のバランスシート調整はまだ収束していないが、現在の不良債権問題は第三段階に移行している。あえて命名すれば、「金融再編」調整である。これが中小企業に対する貸し渋り、貸し剥がしの横行を生んでいる。

柳沢大臣は、昨年の通常国会までは「貸し渋り、貸し剥がしはない」と抗弁してきた。しかし、与野党の多くの議員か ら貸し渋り、貸し剥がしの横行と、金融機関の融資行動の是正の必要性を指摘され続けた結果、先の国会中に、改めて中小企業向けの検査マニュアルを作成する 事態に追い込まれた。

「金融検査マニュアルの自己査定基準に従った行動をとっているだけであり、貸し渋り、貸し剥がしではない」という のが金融機関側の言い分である。中小企業向けの検査マニュアルを別途作成したということは、事実上、中小企業向けの貸し渋り、貸し剥がしが存在することを 金融庁が認めたに等しい。 あるいは、その背後にある、金融庁の検査方針が必ずしも適切ではなかったことを認めたこととなる。

ところが、その後も実態はあまり変わっていない。むしろ、より激しくなっているという指摘も聞かれる。 というのは、金融機関の生き残りをかけた合併・統合が進む中、合併・統合する銀行間の主導権争いの帰趨は、いかに 旧自行の不良債権額を少なくできるかという点にかかっているからだ。単年度では何の問題もない黒字企業がやや過大な負債を抱えているケースが典型例である。 単年度の収益性いかんにかかわらず、過大な負債を負っていると「要注意資産」に分類される傾向がある。「要注意資産」にも間接償却負担がかかるため、 資産圧縮の観点から貸出回収のインセンティブが働く。 また、今年中に内容が確定すると言われている新BIS規制の影響も指摘できよう。現状、2006年からの適用開始 が予定されている新BIS規制では、金融機関の保有資産のクレジットリスク、マーケットリスク、オペレーショナルリスクが、より厳格に自己資本比率に反映 される。

<みずほトラブルの真因> 今年の4月1日以降、みずほグループのシステム障害問題が発生したが、柳沢大臣をはじめ、政府関係者、金融行政関 係者のこの問題の本質に対する認識は極めて甘いという印象が拭えない。 この問題の本質は、過去10年の日本の「金融産業政策」が間違っていた、あるいは途中で方向が変わってしまったということである。

表から明らかなように、日本の大手行のIT(情報技術)投資額は米銀に比べて過小だと言わざるを得ない。 たとえば、みずほグループと想定される邦銀大手Aグループの資産規模はCiti Groupとほぼ同程度であるが、行員数は十分の一である。同規模の資産を十分の一の行員で管理・運用するためには、経営効率アップのために、IT投資額 はCiti Groupよりも上回っているのが合理的な姿である。しかし、現実にはCiti Groupの1/3にとどまってっている。

1990年代前半ごろにも、金融機関の合併・再編構想が取り沙汰された。欧米の金融機関をキャッチアップするためには、金融技術・情報を支えるIT投資面での遅れを挽回することが必要であり、合併・再編による固定費圧縮によってITの投資余力を捻出するというロジックであった。

それから10年余り、金融機関の合併・再編のロジックは全く変質してしまった。合併・再編に伴う固定費圧縮分や合 併差益は全て不良債権処理に充当され、ITインフラへの投資余力捻出という目的は後順位に押し下げられた。 と言うよりも、不良債権処理のために、IT投資 額すら削減されるようになった。

みずほホールディングスの前田晃伸社長は、4月9日の衆議院財務金融委員会における参考人答弁の中で、「統廃合するのが目的の統合でございますので、これをやらずして行員の削減等もできません。それから、経費の削減もできません。システム費用の削減もできません」と述べている。

まさしく、IT投資額の縮小を念頭に置いている。 このことが、今回のシステム障害の本当の原因であろう。

しかしながら、合併・統合して、なおかつIT投資額を削減しなくてはならない金融機関は、もはや再生の価値があるかどうか疑わしい。今回のみずほグループのシステム障害は、そのことを暗示している。金融庁は、不良債権処理のためにIT投資額を削減せざるを得ないか否 かという点を、合併・統合する金融機関の「健全度」を測るもうひとつの尺度として注視する必要がある。

大塚は、この問題に関して柳沢大臣と参議院財政金融委員会で二度に亘って議論したが、柳沢大臣の答弁は「必ずしもそうは思わない」という内容に終始し、金融産業再生を企図した日本の「金融産業政策」に関する定見は最後まで聞くことができなかった。

<金融産業再生のシナリオ> 結びとして、筆者たちは日本の金融行政をどう変え、金融産業をどのように再生しようと考えているのかを述べたい。

ここまで根深くなった不良債権問題を処理するためのポイントは、

1.客観的な事実開示 2.早期処理の断行 3.金融機関の行動インセンティブ

の改革の三点である。

民主党は、かつて提案した「金融再生計画」をバージョンアップした「金融再生ファイナルプラン」を策定し、既に関連法案も国会に提出している。この際、金融機関の不良債権を切り離して、バッドバンクに集中しようという構想である。

現在のように、「粉飾答弁」や「虚偽答弁」を行っているようでは話が前に進まない。金融機関を病人に喩えれば、本 人(金融機関)も家族(国民)もうすうす病状(不良債権問題の実態)には気がついている。医者(政府、金融行政当局)がいかに「大丈夫ですよ」と言っても、もはや誰も信用していない。「今そこにある危機」を冷静に認識し、本人、家族、医者が事実認識を共有することが第一歩である。治療法はすでに確立され ている。 後は、患者が勇気を持って信頼できる医者に治療を委ねるしかない。

第二は、そのうえで、一気呵成に不良債権処理を断行することである。 事実を隠蔽しているから早期処理の必要性を肯定できないというのが現在の金融行政当局の姿である。事実を明らかにしてしまえば、もはや早期処理に対する障害はない。 ただ、金融再生は政治・行政の努力だけで完結するものではない。金融行政の改革に成功し、第一、第二のポイントがクリアできたとしても、金融機関の行動インセンティブが変わらなければ日本の金融は再生しない。そこからは民間の責任である。

マクロの経済動向に追随して、株や土地を担保にした融資や、企業そのものに対する信用をベースにした日本的融資形 態では、マクロ経済自体が下降線になれば当然不良債権は増大する。金融機関が、事業やプロジェクトごとの採算性や収益性を見る目を持たない限り、不良債権 問題は繰り返し日本経済を蝕むことになる。金融機関がそうした行動インセンティブを持つようになるためには、金融機関内部の人事評価システムや雇用慣行等 の見直しが急務である。事業やプロジェクトを正しく評価し、担保に依存しない融資ができる「真のバンカー」を育てることが必要だ。

そこにこそ金融業として の付加価値があり、金融機関の収益性を高め、不良債権処理に対する経営体力をつけることにつながる。この十年間、不良債権に関する情報開示と早期処理が叫 ばれ続けてきた。われわれに残されている時間は、もはやほとんどない。 本稿では、柳沢金融行政の回顧と総括を試みた。

筆者が知らない政府・与党内部の事情や事実もあると思われることから、柳沢大臣を一方的に批判するつもりはない。 しかし、現下の不良債権問題の実態とそれを取り巻く金融行政の構造問題は明らかである。 柳沢大臣がこの状況を放置したままで降板するのか、あるいは続投して金融再生を断行するのか、今後の帰趨に注目したい。 筆者たちは、今の与党内では、金融担当大臣として柳沢氏以上の適任者はいないと思う。 67歳になって政治家としての集大成を図る時期を迎えている柳沢大臣の、初心に戻った蛮勇に期待したい。

湘南の風 あさお慶一郎の日記

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