あさお慶一郎(衆議院議員 神奈川4区)

湘南の風

●特集 中国最先端 現地ルポ大特集 驚異のIT長者訪問記  平成14年4月 文藝春秋

2003年04月19日 (土)

●特集 中国最先端 現地ルポ大特集 驚異のIT長者訪問記
(平成14年4月 文藝春秋)

中国におけるIT産業の急伸ぶりには、驚嘆させられます。2002年度、IT産業のハードウェア(パソコン本体と液晶パネルなどのディスプレー、プリンター、モデムなどデバイス機器を含む)生産部門では、中国は日本を抜き、米国についで世界第2位に躍り出ました(台湾経済部のシンクタンク資訊工業策進会調べ)。
具体的な数字で比較すると、年間生産額315億ドル(約3兆7,800億円:1ドル120円換算、以下同)だった日本に対して、中国は、352億ド ル(約4兆”,240億円)。ざっと4,440億円もの差をつけられたことになります。同じくパソコン本体の国内出荷台数を比較すると、日本が年間 1002万台だったのに対して、中国は、1,100万台(日本電子情報技術産業協会調べ)。
こうしたパソコンの急速な普及を背景に、中国でのインターネット利用者数も急増しています。

昨年末の段階で、中国のネット利用者数は、5,910万人に達したと報道されました(平成15年1月17日付上海デーリー紙)。日本の利用者数は、 5,593万人(平成14年度版情報通信白書)ということですから、ネット人口でも、中国が日本を凌駕してしまっているといえそうです。比較的得意とする ITの分野においても、絶対数において中国に後れをとってしまった日本。めざましいまでの発展を続ける中国との差はどこから出てきたのでしょうか。

<エリート中の超エリート>
昨年12月23日、私は、中国を視察しました。その際、ITの最先端を走る企業を見学、その最高経営責任者(CEO)に面談する機会を得ました。その所感とわが国IT産業に関する私の見解を述べたいと思います。

中国を訪問するのは2年振りの私ですが、たった2年の間のその変貌ぶりには舌を巻きました。いまだに社会主義の看板を掲げているとはいえ、市場経済に開放された経済特区では、オフィスビルが林立し、そこには日本や米国と変わらない企業戦士の姿があります。
北京市内では、以前はあまり見かけなかった高級車ベンツを何台も見かけました。数倍に増えた、という印象です。中国の自動車にかかる関税率は100パーセント。すなわち、ドイツで1,000万円するベンツは、中国では2,000万円支払わなければ購入できない。にもかかわらず、相当数流通しているのは、数多くの金持ちが存在している証左でしょう。実際、日本の長者を上回る資産家が出現しているのです。

一方で、中国の労働者の平均月収は1~2万円、国家公務員の給与が月4万円前後とされています。当然のことながら、ベンツに乗る個人経営者とこうした労働者、公務員との貧富の差は格段に大きくなっています。

私は、中国の体制そのものが、自国のIT産業を世界第二位に押し上げた原動力の一つではないかと考えています。
中国のIT産業は、北京市の西北にある中関村に集中しています。ここにあるIT関連企業は、4,000社に達し、技術者だけでも38万人を擁しています。

「中国のシリコンバレー」と呼ばれるゆえんでしょう。ここには、清華大学、北京大学など60を超える大学と、中国科学院など213の研究機関も設立されています。すなわち、産学協同でIT産業に取り組んでいるのです。

今回、私が訪問した企業は、その中関村ではなく、北京市内にオフィスを構えていました。北京市の建国門内大街という大通りに面したビルの15階に私の目指す「捜狐」(Sohu.com)がありました。フロアの広さは、参議院議員会館の半分くらいでしょうか。室内は、パーティションで仕切られ、男女社員は思い思いの服装で、パソコンに向かうなど仕事をしています。従業員は200人とのことでした。

役員室は、それぞれ個室で、20畳くらいのゆったりしたスペースが取ってあり、CEO室も同様でした。

CEOの張朝陽氏は、ジャケットにノーネクタイというこれもフランクな服装で現れました。

名刺を交換すると、その裏側には、Charles Zhang PH.Dと、あります。聞くところによると、MIT(マサチューセッツ工科大学)の大学院を卒業、物理学の学位を取得した博士なのだそうです。
張氏は、1964年生まれ。今年39歳で、偶然ですが私と同い年でした。
会社が公表している張氏の経歴書によると、98年10月、『タイム』誌が企画した「世界のサイバーエリート、トップ50人」に選出されたほか、平成13年、『中国青年報』の選ぶ「IT大風雲人物十傑」や、『財富』の「世界の新起業家25人」などに取り上げられています。
彼の経歴から推察するに、彼の中国での位置は、「突然出現したIT界の風雲児」ではなく、「エリート中の超エリート」といったところでしょう。清華大学の物理学出身というだけで、中国ではすでに十分なエリートなのです。

米国には、1986年以来9年間在住したそうで、当然のことながら自在に英語を駆使できます。そこで英語での対談となりました。張氏には、会社の概要からうかがいました。「捜狐の創立は、1996年です。それに先立ち私は、インターネット・テクノロジーズ・チャイナ(ITC)というネットのインフラ (基盤)整備をする会社を立ち上げていて、捜狐はそのディレクトリ・サービス(管理提供)をおこなっていたのです。そのうち、インフラよりも、コンテンツ (内容)の方が需要があることに気づき軌道修正しました」

<進む米中の交流>
捜狐の資料によると、張氏は、94年、MITアジア太平洋地域連絡責任者に任じられています。
この事実から推察されるのは、彼のMITにおける信頼度と評価の高さです。捜狐を設立するための資金に関しては、コンピュータ科学者で、MITメディア研究所の創立者ニコラス・ネグロポンティ氏や、同じく MIT教授で、投資アドバイザーでもあるエドワード・ロバート氏などが、支援しています。
ネグロポンティ氏にいたっては、捜狐の設立資金として、22万5,000ドル(2,700万円)を出資しています。
つまり、彼の事業を支えているのは、MIT人脈すなわち米国IT人脈なのです。ちなみに、張氏は、「日本の孫正義さん(ソフトバンク社長)にも出資を打診しましたが、断られました」とのことです。
孫氏は、日本版ヤフーを運営していますが、張氏の捜狐は、メインが中国版ヤフーともいえる検索エンジンでした。事業内容がバッティングするので、孫氏は断ったのかもしれません。

いずれにせよ、日本からの出資は皆無でした。

ところが、捜狐に対して、「アメリカからは、インテル社などが出資しました。インテルが中国の企業に投資するのは初めての試みでした」

インテルは説明するまでもなく、パソコンの心臓部CPU生産のトップ企業。米中は政治的には対立することの多い関係ですが、民間レベルでは交流が進んでいることが窺えます。中国では成績優秀な大学生は、留学先としてアメリカか日本を考えます。以前は、東大や京大などが人気留学先でしたが、80年代以降は張氏のようにアメリカを選ぶ人が増えているのではないか、という印象を受けました。

その背景には、こうした人的交流が進みやすいアメリカの文化的背景があるのかもしれません。「創業当初、ネット利用者は16万人に過ぎませんでした。ところが、翌年には60万人を超え、98年には200万人、99年には900万人と爆発的な勢いで増えたのです。これにともない、検索エンジンの需要も急増しました」

中国では、捜狐以外にも検索エンジンを管理運営する企業が、いくつも現れては消えたとか。その決め手は「コンテンツ」だった、と指摘できそうです。

「98年、捜狐は、中国で最初にインターネット・ニュースの検索と配信サービスを開始しました。それまでニュースに関しては、政府が厳しく管理・規制していたのですが、方針が変わったのです。中国人民が、『中央電視台』以外のメディアを使って、生のニュースに触れたのは、これが初めてでした」

捜狐には、このニュースセンターのほか、経済産業センター、生活センター、娯楽センターがあり、この四本柱がコンテンツの根幹だそうです。

「当社にとって、画期的だったのは、2000年7月12日、アメリカ・ナスダック市場に上場を果たせたことです」 ナスダックで店頭公開しているのは、日本企業でも数えるほどです。ここに上場するからには、情報開示をはじめとして経営面での透明性が担保されていなければなりません。その点でも、捜狐は、アメリカナイズされた優良企業といえるでしょう。

「上場当初は、赤字でしたが、02年第3四半期(7月~9月)に黒字転換し、今四半期(02年10月~12月)は、総収入が1,060万ドル(12億7,200万円)、利益が190万ドル(2億2,800万円)です」 ちなみに、02年度の総収入は、2,870万ドル(34億4,400万円)。上場以来、10期連続して2桁成長をしているといい、なんとも驚くべき高度成長ぶりです。

「株価に関しては、前四半期一株約3セントだったのが、今四半期には、約60セントになりました。これは世界的にみても高い水準でしょう」 01年度、29パーセントに過ぎなかった非広告収入は、02年になって急伸したそうです。

「前年度比291パーセントと、4倍増を記録しました。大成功した要因は、ショートメール関連商品です。携帯電話や移動端末を利用するものです。海抜5,000メートルの雪山から登山客が捜狐を使ってショートメールの送受信を行い、これがギネスブックに登録されて話題になったのも、人気を物語る一例です」 中国では、携帯電話の利用者も猛烈な勢いで増加しています。02年3月の段階で、1億4,500万人と世界第1位でした(中国情報産業省調べ)。昨年末には、2億人を突破したとの見方が有力で、今後もこの傾向は続くと見られています。そうした携帯電話によるネット需要も見逃せません。

「02年6月時点で、捜狐ネットは、5,000万人余りの利用者を抱え、1日の平均アクセス数は、1億6,000万件を超えています」 中国の人口は、ざっと12億。この人口が中国IT産業を支える原動力ともいえるでしょう。日本と比較すると、10倍も人がいるのですから、それだけ人材も 豊富で市場規模も巨大です。12億の人口のうち、大まかに分けて、9億が農村戸籍で、3億が都市戸籍とみられています。都市戸籍の3割は、ネット利用の潜 在需要層と推測されています。すなわち、9,000万人のニーズが見込めるわけで、捜狐は今後もさらに成長を続けると思われます。

<個人戦と団体戦> 9億人の農村戸籍は、安い労働力の供給源となっています。 彼らは、何年間か都市に出て働く許可を与えられ、期限が来ると地元へ帰ります。日本のよう に終身雇用の慣習はありません。経営者側は労働者に不満があれば、すぐに解雇して、別の労働者を雇うことができます。必然的に、競争が激しくなります。中 国人は、そうした競争社会に生まれながらにして慣れています。これは、経営者にも当てはまります。彼らは、競争社会で培われたハングリー精神とチャレンジ 精神をもっています。

それが、ベンチャースピリットに結びつくようです。

もともと中国人は、独立志向が強く、一生、同じ企業に養ってもらおう、などという発想は持ち合わせておらず、早く独立して、社長になってやろう、とする傾向があります。 こうした特性は、米国を中心として、世界のビジネスモデルへと展開する「グローバルスタンダード」の世の中では、圧倒的有利に働くことでしょう。

こうしてみると、アメリカ人と中国人は、非常に近い思考を持つ、といえそうです。 特に、IT産業などのように、若い芽が次々と育っては淘汰される新分野では、中国のようにチャレンジャーが尽きない国は、強さを発揮できると思います。 では、それに対抗して、日本のIT産業は何ができるのでしょうか。

日本への留学経験を持つある中国人が語っていたのですが、彼は自分の子供を日本の小学校に入れてみて仰天したそうです。 運動会で「徒競走でビリにな る子はかわいそう」と、大差がつかないように走るメンバーがわざわざ決められる。 「こんなことは中国では考えられません」と、彼は呆れ顔でした。

このような「ぬるま湯」社会では、米中の大国を相手に個人戦を挑んだところで、圧倒的不利は明白です。

ただし、日本は団体戦に関しては強みを発揮できます。その長所を伸ばしつつ、個人戦でも対応できるようにする。 その対策が急務です。

具体的には、成功者をきちんと作るということでしょう。 成功した人をねたむのではなく、賞賛する風土を作り上げる。 それを後押しする意味で、税制面でも考慮する。例えば、直接税と間接税の比率を見直すなどフラットな税制に変えてゆくことが大切だと思います。

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